植物が持つ高い自己治癒力の仕組みを解明
[21/03/19]
提供元:共同通信PRワイヤー
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〜移動できない植物が獲得した巧みな生存戦略〜
2021年3月19日
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202103172405-O7-1B5KjrF8】
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【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202103172405-O9-P397EyU3】
植物が持つ高い自己治癒力の仕組みを解明
〜移動できない植物が獲得した巧みな生存戦略〜
【ポイント】
〇ANAC071・ANAC096遺伝子は、傷ついた植物の茎を治す遺伝子であり、遺伝子発現の増加には傷口に溜まるオーキシンが必要となる。
〇ANAC071・ANAC096遺伝子の働きによって、“傷口周辺の無傷の細胞”が“分裂活性のある細胞”に変化する。これにより細胞が傷を塞ぎ、道管・師管の再生が促進されることで茎の傷が治る。
〇接ぎ木接着の効率化や、傷害を受けた植物の治療・保護、傷に強い植物の作出、バイオマスの増産など、新たな農園芸技術の創出につながる可能性がある。
【概要】
帝京大学理工学部バイオサイエンス学科准教授 朝比奈雅志、同博士研究員 松岡啓太(研究当時)、佐藤良介、神戸大学大学院理学研究科准教授 近藤侑貴、筑波大学生命環境系教授 佐藤忍らの研究グループは、植物が持つ高い自己治癒力の仕組みの一端を解明しました。
茎を傷つけると、切断部の周辺の細胞が分裂を開始し、傷害を受けた組織が再生・癒合することで機能が回復します。この性質は、果菜類や果樹などで接ぎ木として利用されています。
今回、帝京大学・神戸大学・筑波大学の共同研究グループは、傷ついたシロイヌナズナの花茎では、傷によって蓄積したオーキシンによって誘導されるANAC071・ANAC096と呼ばれる転写制御因子が働き、茎の内部にある木部や髄組織の柔細胞と呼ばれる細胞から、維管束幹細胞として働く形成層細胞に似た性質の細胞が誘導されることを明らかにしました(図1)。本研究では、この現象を“cambialization”(形成層の英語名“cambium”に由来)と呼んでいます。
さらに、ANAC071・ANAC096とその類似遺伝子であるANAC011遺伝子を同時に欠損した植物体では、通常の生育には影響が見られないものの、傷を付けた茎では“cambialization”が抑えられていることがわかりました。これらのことから、これらの遺伝子の機能は、移動できない植物が傷害に対する自己治癒力を向上させるために獲得した生存戦略のひとつである可能性が考えられます。
この研究成果は、2021年3月19日付けでNature Research社が提供するオープンアクセス・ジャーナル「Communications Biology」に掲載されました。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202103172405-O5-1Vi2I0gu】【研究背景と内容】
植物の茎は植物体を支えるとともに、維管束を通じて根で吸収された水とミネラルを地上部の葉や芽などに送り、葉で合成された同化産物を根に送る重要な連絡経路として働いているため、茎の傷は植物にとって致命傷となります。そのため、傷害によって失われた組織を速やかに再生し、分離された組織を癒合させる高い再生力をもっています。この自己治癒力は人間によって接ぎ木として利用され、キュウリやトマトなどの果菜類やブドウなどの果樹、サクラなどの園芸品種の生産など、世界中で農園芸になくてはならない技術となっています。この過程では、切断された維管束の回復と同時に、髄や皮層などの基本組織系が再生することによって傷の上下の組織がしっかりと結合することが重要になりますが、この仕組みには不明な点が多く、植物科学研究の大きな課題の1つとなっています。
これまでに朝比奈准教授らの研究グループでは、分子生物学研究に用いられるモデル植物であるシロイヌナズナの花茎(ロゼット状の葉の上に出て花を咲かせるために伸びる茎;図1A)に傷がつくと、その上部では芽から流れてくる植物ホルモンであるオーキシンがせき止められて溜ることによってANAC071という遺伝子が誘導され、細胞の分裂が誘導されることを報告しています(※1)。また、シロイヌナズナの芽生えを用いて接ぎ木実験を行い、ANAC071と、ANAC071に類似したANAC096と呼ばれる転写制御因子が一緒に働いて、維管束組織の細胞分裂を促進することなどを報告していますが(※2)、ANAC転写制御因子の機能については十分にわかっていませんでした。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202103172405-O6-0FV20lU6】
今回、研究グループでは、シロイヌナズナの花茎にマイクロナイフで傷を付け(図2A)、組織が再生する過程をより詳細に調べました。シロイヌナズナの花茎は、傷を付けられてから約3日目に細胞分裂を開始し、その後約1週間で傷の上下の組織が結合することが以前の研究でわかっていますが、この過程では、ANAC071とANAC096の発現が傷口周辺で強く誘導されることがわかりました(図2B)。
そこで、ANAC071とANAC096、さらにこれらの類似遺伝子であるANAC011を同時に欠損した変異体を作成して実験を行ったところ、通常の生育には大きな違いは見られませんでしたが、切断処理を行った花茎の傷口を観察すると、野生型(遺伝子に変異がない)の植物では木部柔細胞や形成層の細胞が活発に分裂していたのに対し、3つのANAC遺伝子を欠損した変異体では、これらの細胞分裂が抑制されていました(図2C)。
また、野生型の花茎の傷口では、これらの細胞で形成層細胞に特徴的な遺伝子が発現していましたが、ANAC遺伝子の三重欠損変異体では、この遺伝子の発現が弱くなっていました。さらに、葉の葉肉細胞から維管束の細胞を人為的に作り出す “VISUAL” ※3と呼ばれる方法を用いてアッセイを行ったところ、ANAC遺伝子を欠損した変異体では、VISUALでの維管束細胞の形成が顕著に抑えられることなども分かりました。
以上のことから、傷ついた植物の茎では、傷によって蓄積したオーキシンによって誘導されるANAC071・ANAC096転写制御因子が働いて、木部や髄組織の柔細胞と呼ばれる細胞から、維管束幹細胞として働く形成層細胞に似た性質の細胞が誘導(cambialization)され、細胞分裂と維管束組織の再分化が促進されることで、傷が再生、癒合すると考えられました(図2D)。
今後、ANAC071・ANAC096の機能をより明確にするためにも、ANAC071・ANAC096が調節する遺伝子の解析を進めることが必要です。また、組織の再生や再分化には、ANAC071・ANAC096以外の因子も多く関わっています。これらの解析を進めることで、植物が持つ高い再生力・自己治癒力の仕組みの全容解明につながることが期待されます。
(※1)平成23年9月9日帝京大学・筑波大学プレスリリース「傷ついた植物の茎が治るのに必要な遺伝子を発見」Asahina et al. 2011, 米国科学アカデミー紀要.
(※2)平成28年12月17日帝京大学プレスリリース「接ぎ木癒着に関わる植物ホルモンの作用機構を解明」Matsuoka et al. 2016, Plant and Cell Physiology.
(※3)平成28年5月20日東京大学プレスリリース「維管束の細胞を作り出す方法“VISUAL”の開発」Kondo et al. 2016, The Plant Cell.
【成果の意義】
植物の高い再生能力は古くから知られており、その再生能力は接ぎ木のほか、農園芸などさまざまな分野で広く利用されています。維管束は根で吸収された水とミネラルを地上部の葉や芽などに送り、葉で合成された同化産物を根に送る植物の生育に大変重要な組織です。そのため、接ぎ木が成功し健全に生育にするには、穂木と台木の維管束が互いに連結することが重要な要因の1つだと考えられています。また、地球上の木質バイオマスの大部分が、維管束の木部組織に由来するといわれています。今後、ANAC071・ANAC096転写因子の発現を調節するより詳細なメカニズムや、ANAC071・ANAC096転写因子が調節する遺伝子の特定を進めることで、接ぎ木接着の効率化や、自然災害などによって傷害を受けた植物の治療・保護、傷に強い植物の作出、バイオマスの増産など、新たな農園芸技術の創出につながる可能性があります。
今回の研究内容は、国際連合が2015年に定めた17項目の「持続可能な開発目標(SDGs)」のうち、「2.飢餓をゼロに」、「15.陸の豊かさも守ろう」に貢献することが期待されます。
【論文情報】
雑誌名: Communications Biology
論文タイトル: Wound-inducible ANAC071 and ANAC096 transcription factors promote cambial cell formation in incised Arabidopsis flowering stems.
(傷害誘導性のANAC071・ANAC096転写制御因子はシロイヌナズナ切断花茎における形成層細胞の成立を促進する)
【著者・所属】
Keita Matsuoka, Ryosuke Sato, Yuki Matsukura, Yoshiki Kawajiri, Hiromi Iino, Naoyuki Nozawa, Kyomi Shibata, Yuki Kondo, Shinobu Satoh, Masashi Asahina※(※Corresponding author)
松岡 啓太(帝京大学理工学部バイオサイエンス学科 博士研究員*)
佐藤 良介(帝京大学理工学部バイオサイエンス学科 博士研究員)
松倉 有輝(帝京大学理工学部バイオサイエンス学科 学部4年生*)
川尻 佳樹(帝京大学理工学部バイオサイエンス学科 学部4年生*)
飯野 宏美(帝京大学理工学部バイオサイエンス学科 学部4年生*)
野沢 直幸(帝京大学理工学部バイオサイエンス学科 学部4年生*)
柴田 恭美(帝京大学理工学部バイオサイエンス学科 技術職員)
近藤 侑貴(神戸大学大学院理学研究科 准教授)
(東京大学大学院理学系研究科 助教*)
佐藤 忍 (筑波大学生命環境系 教授)
朝比奈雅志(帝京大学理工学部バイオサイエンス学科 准教授)
(帝京大学先端機器分析センター 准教授)
*研究当時または以前の所属
【研究助成】
本研究は、科学研究費補助金(16K18572、19K06728)、私立大学戦略的研究基盤形成支援事業(S1311014)、私立大学等経常費補助金特別補助(大学間連携等による共同研究)、新学術領域研究「植物多能性幹細胞」(17H06476)の支援を受けて行われました。
【用語解説】
シロイヌナズナ;双子葉植物(アブラナ科)の一年草であり、植物の研究に使用される。
転写制御因子;様々な遺伝子の発現制御領域であるプロモーターに結合し、その遺伝子の転写を制御するタンパク質。
オーキシン;植物ホルモンの一種で、植物体内ではインドール酢酸が主なオーキシンとして存在し、頂芽などで主に合成されて茎の中を根に向かって一方向に輸送(極性輸送)される。細胞分裂や細胞伸長などの様々な発生現象に関わることが知られている。
形成層(維管束形成層);植物の茎や根において、維管束の木部と師部の間に存在する分裂組織。未分化な維管束幹細胞が存在し、これらの細胞が増殖・分化することで、新たな木部と師部が形成される。
木部;道管や仮道管といった管状要素、木部繊維、木部柔細胞からなる複合組織。木部柔細胞のみが生細胞である。道管や仮道管を通じて根で吸収された水とミネラルを地上部の葉や芽などに送っている。
師部;師細胞や師管要素といった師要素、師部繊維、師部柔細胞からなる複合組織。師要素を通じて、光合成産物などの有機養分の輸送を行っている。
柔細胞;茎や根の皮層や髄、葉の葉肉などの柔組織を構成する生きた細胞。一般的に細胞壁が薄く、一次細胞壁のみを有する。
2021年3月19日
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202103172405-O7-1B5KjrF8】
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植物が持つ高い自己治癒力の仕組みを解明
〜移動できない植物が獲得した巧みな生存戦略〜
【ポイント】
〇ANAC071・ANAC096遺伝子は、傷ついた植物の茎を治す遺伝子であり、遺伝子発現の増加には傷口に溜まるオーキシンが必要となる。
〇ANAC071・ANAC096遺伝子の働きによって、“傷口周辺の無傷の細胞”が“分裂活性のある細胞”に変化する。これにより細胞が傷を塞ぎ、道管・師管の再生が促進されることで茎の傷が治る。
〇接ぎ木接着の効率化や、傷害を受けた植物の治療・保護、傷に強い植物の作出、バイオマスの増産など、新たな農園芸技術の創出につながる可能性がある。
【概要】
帝京大学理工学部バイオサイエンス学科准教授 朝比奈雅志、同博士研究員 松岡啓太(研究当時)、佐藤良介、神戸大学大学院理学研究科准教授 近藤侑貴、筑波大学生命環境系教授 佐藤忍らの研究グループは、植物が持つ高い自己治癒力の仕組みの一端を解明しました。
茎を傷つけると、切断部の周辺の細胞が分裂を開始し、傷害を受けた組織が再生・癒合することで機能が回復します。この性質は、果菜類や果樹などで接ぎ木として利用されています。
今回、帝京大学・神戸大学・筑波大学の共同研究グループは、傷ついたシロイヌナズナの花茎では、傷によって蓄積したオーキシンによって誘導されるANAC071・ANAC096と呼ばれる転写制御因子が働き、茎の内部にある木部や髄組織の柔細胞と呼ばれる細胞から、維管束幹細胞として働く形成層細胞に似た性質の細胞が誘導されることを明らかにしました(図1)。本研究では、この現象を“cambialization”(形成層の英語名“cambium”に由来)と呼んでいます。
さらに、ANAC071・ANAC096とその類似遺伝子であるANAC011遺伝子を同時に欠損した植物体では、通常の生育には影響が見られないものの、傷を付けた茎では“cambialization”が抑えられていることがわかりました。これらのことから、これらの遺伝子の機能は、移動できない植物が傷害に対する自己治癒力を向上させるために獲得した生存戦略のひとつである可能性が考えられます。
この研究成果は、2021年3月19日付けでNature Research社が提供するオープンアクセス・ジャーナル「Communications Biology」に掲載されました。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202103172405-O5-1Vi2I0gu】【研究背景と内容】
植物の茎は植物体を支えるとともに、維管束を通じて根で吸収された水とミネラルを地上部の葉や芽などに送り、葉で合成された同化産物を根に送る重要な連絡経路として働いているため、茎の傷は植物にとって致命傷となります。そのため、傷害によって失われた組織を速やかに再生し、分離された組織を癒合させる高い再生力をもっています。この自己治癒力は人間によって接ぎ木として利用され、キュウリやトマトなどの果菜類やブドウなどの果樹、サクラなどの園芸品種の生産など、世界中で農園芸になくてはならない技術となっています。この過程では、切断された維管束の回復と同時に、髄や皮層などの基本組織系が再生することによって傷の上下の組織がしっかりと結合することが重要になりますが、この仕組みには不明な点が多く、植物科学研究の大きな課題の1つとなっています。
これまでに朝比奈准教授らの研究グループでは、分子生物学研究に用いられるモデル植物であるシロイヌナズナの花茎(ロゼット状の葉の上に出て花を咲かせるために伸びる茎;図1A)に傷がつくと、その上部では芽から流れてくる植物ホルモンであるオーキシンがせき止められて溜ることによってANAC071という遺伝子が誘導され、細胞の分裂が誘導されることを報告しています(※1)。また、シロイヌナズナの芽生えを用いて接ぎ木実験を行い、ANAC071と、ANAC071に類似したANAC096と呼ばれる転写制御因子が一緒に働いて、維管束組織の細胞分裂を促進することなどを報告していますが(※2)、ANAC転写制御因子の機能については十分にわかっていませんでした。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202103172405-O6-0FV20lU6】
今回、研究グループでは、シロイヌナズナの花茎にマイクロナイフで傷を付け(図2A)、組織が再生する過程をより詳細に調べました。シロイヌナズナの花茎は、傷を付けられてから約3日目に細胞分裂を開始し、その後約1週間で傷の上下の組織が結合することが以前の研究でわかっていますが、この過程では、ANAC071とANAC096の発現が傷口周辺で強く誘導されることがわかりました(図2B)。
そこで、ANAC071とANAC096、さらにこれらの類似遺伝子であるANAC011を同時に欠損した変異体を作成して実験を行ったところ、通常の生育には大きな違いは見られませんでしたが、切断処理を行った花茎の傷口を観察すると、野生型(遺伝子に変異がない)の植物では木部柔細胞や形成層の細胞が活発に分裂していたのに対し、3つのANAC遺伝子を欠損した変異体では、これらの細胞分裂が抑制されていました(図2C)。
また、野生型の花茎の傷口では、これらの細胞で形成層細胞に特徴的な遺伝子が発現していましたが、ANAC遺伝子の三重欠損変異体では、この遺伝子の発現が弱くなっていました。さらに、葉の葉肉細胞から維管束の細胞を人為的に作り出す “VISUAL” ※3と呼ばれる方法を用いてアッセイを行ったところ、ANAC遺伝子を欠損した変異体では、VISUALでの維管束細胞の形成が顕著に抑えられることなども分かりました。
以上のことから、傷ついた植物の茎では、傷によって蓄積したオーキシンによって誘導されるANAC071・ANAC096転写制御因子が働いて、木部や髄組織の柔細胞と呼ばれる細胞から、維管束幹細胞として働く形成層細胞に似た性質の細胞が誘導(cambialization)され、細胞分裂と維管束組織の再分化が促進されることで、傷が再生、癒合すると考えられました(図2D)。
今後、ANAC071・ANAC096の機能をより明確にするためにも、ANAC071・ANAC096が調節する遺伝子の解析を進めることが必要です。また、組織の再生や再分化には、ANAC071・ANAC096以外の因子も多く関わっています。これらの解析を進めることで、植物が持つ高い再生力・自己治癒力の仕組みの全容解明につながることが期待されます。
(※1)平成23年9月9日帝京大学・筑波大学プレスリリース「傷ついた植物の茎が治るのに必要な遺伝子を発見」Asahina et al. 2011, 米国科学アカデミー紀要.
(※2)平成28年12月17日帝京大学プレスリリース「接ぎ木癒着に関わる植物ホルモンの作用機構を解明」Matsuoka et al. 2016, Plant and Cell Physiology.
(※3)平成28年5月20日東京大学プレスリリース「維管束の細胞を作り出す方法“VISUAL”の開発」Kondo et al. 2016, The Plant Cell.
【成果の意義】
植物の高い再生能力は古くから知られており、その再生能力は接ぎ木のほか、農園芸などさまざまな分野で広く利用されています。維管束は根で吸収された水とミネラルを地上部の葉や芽などに送り、葉で合成された同化産物を根に送る植物の生育に大変重要な組織です。そのため、接ぎ木が成功し健全に生育にするには、穂木と台木の維管束が互いに連結することが重要な要因の1つだと考えられています。また、地球上の木質バイオマスの大部分が、維管束の木部組織に由来するといわれています。今後、ANAC071・ANAC096転写因子の発現を調節するより詳細なメカニズムや、ANAC071・ANAC096転写因子が調節する遺伝子の特定を進めることで、接ぎ木接着の効率化や、自然災害などによって傷害を受けた植物の治療・保護、傷に強い植物の作出、バイオマスの増産など、新たな農園芸技術の創出につながる可能性があります。
今回の研究内容は、国際連合が2015年に定めた17項目の「持続可能な開発目標(SDGs)」のうち、「2.飢餓をゼロに」、「15.陸の豊かさも守ろう」に貢献することが期待されます。
【論文情報】
雑誌名: Communications Biology
論文タイトル: Wound-inducible ANAC071 and ANAC096 transcription factors promote cambial cell formation in incised Arabidopsis flowering stems.
(傷害誘導性のANAC071・ANAC096転写制御因子はシロイヌナズナ切断花茎における形成層細胞の成立を促進する)
【著者・所属】
Keita Matsuoka, Ryosuke Sato, Yuki Matsukura, Yoshiki Kawajiri, Hiromi Iino, Naoyuki Nozawa, Kyomi Shibata, Yuki Kondo, Shinobu Satoh, Masashi Asahina※(※Corresponding author)
松岡 啓太(帝京大学理工学部バイオサイエンス学科 博士研究員*)
佐藤 良介(帝京大学理工学部バイオサイエンス学科 博士研究員)
松倉 有輝(帝京大学理工学部バイオサイエンス学科 学部4年生*)
川尻 佳樹(帝京大学理工学部バイオサイエンス学科 学部4年生*)
飯野 宏美(帝京大学理工学部バイオサイエンス学科 学部4年生*)
野沢 直幸(帝京大学理工学部バイオサイエンス学科 学部4年生*)
柴田 恭美(帝京大学理工学部バイオサイエンス学科 技術職員)
近藤 侑貴(神戸大学大学院理学研究科 准教授)
(東京大学大学院理学系研究科 助教*)
佐藤 忍 (筑波大学生命環境系 教授)
朝比奈雅志(帝京大学理工学部バイオサイエンス学科 准教授)
(帝京大学先端機器分析センター 准教授)
*研究当時または以前の所属
【研究助成】
本研究は、科学研究費補助金(16K18572、19K06728)、私立大学戦略的研究基盤形成支援事業(S1311014)、私立大学等経常費補助金特別補助(大学間連携等による共同研究)、新学術領域研究「植物多能性幹細胞」(17H06476)の支援を受けて行われました。
【用語解説】
シロイヌナズナ;双子葉植物(アブラナ科)の一年草であり、植物の研究に使用される。
転写制御因子;様々な遺伝子の発現制御領域であるプロモーターに結合し、その遺伝子の転写を制御するタンパク質。
オーキシン;植物ホルモンの一種で、植物体内ではインドール酢酸が主なオーキシンとして存在し、頂芽などで主に合成されて茎の中を根に向かって一方向に輸送(極性輸送)される。細胞分裂や細胞伸長などの様々な発生現象に関わることが知られている。
形成層(維管束形成層);植物の茎や根において、維管束の木部と師部の間に存在する分裂組織。未分化な維管束幹細胞が存在し、これらの細胞が増殖・分化することで、新たな木部と師部が形成される。
木部;道管や仮道管といった管状要素、木部繊維、木部柔細胞からなる複合組織。木部柔細胞のみが生細胞である。道管や仮道管を通じて根で吸収された水とミネラルを地上部の葉や芽などに送っている。
師部;師細胞や師管要素といった師要素、師部繊維、師部柔細胞からなる複合組織。師要素を通じて、光合成産物などの有機養分の輸送を行っている。
柔細胞;茎や根の皮層や髄、葉の葉肉などの柔組織を構成する生きた細胞。一般的に細胞壁が薄く、一次細胞壁のみを有する。