走化性を持つバクテリアを用いた新たな化学情報識別技術を開発
[22/03/15]
提供元:共同通信PRワイヤー
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大腸菌の化学物質センシング能力と機械学習を活用
2022年3月15日
国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)
学校法人法政大学
ポイント
■ 走化性を持つバクテリアを用いた新たな化学情報識別技術を開発
■ 大腸菌の化学物質センシング能力と機械学習とを組み合わせて走化性応答を解析
■ 様々な化学物質を識別するケミカルバイオセンサーの開発に期待
国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT(エヌアイシーティー)、理事長: 徳田 英幸)未来ICT研究所バイオICT研究室の田中裕人主任研究員、小嶋寛明室長らの研究グループは、法政大学 川岸郁朗教授、曽和義幸教授、東京大学 岡田真人教授らと共同で、走化性を持つバクテリアを用いた化学情報識別技術を開発しました。
単細胞のバクテリアも、化学物質をセンシングする能力を持っています。その中でも注目すべきものが、周囲の環境中に存在する多様な化学物質に応答して動きを変化させる走化性と呼ばれる性質です。研究グループでは、走化性を持つバクテリアのうち、多くの知見が蓄積されている大腸菌を光学顕微鏡システムで観察して走化性の変化を自動で高精度に数値化する方法を開発し、数値化したデータを機械学習によって解析することで、大腸菌の振る舞いから周囲の化学情報を味見するように識別することに成功しました。
将来的には、私たちを取り囲む様々な化学物質を識別し、それらが生き物や人に及ぼす影響を定量的に評価するケミカルバイオセンサーの開発につなげることが期待できます。
本成果は、2022年2月22日(火)(日本時間)に、英国科学雑誌「Scientific Reports」に掲載されました。
背景
「味覚」や「嗅覚」は、生き物にとって食物が食べられるかどうかを判断し、私たちの生命活動を維持するために重要な役割を果たす「センシング」能力です。
人の知覚に関わる情報通信技術は、これまで、「視覚」と「聴覚」の領域を中心に発展してきました。NICT未来ICT研究所 神戸フロンティア研究センターでは、バイオマテリアルを活用して、情報通信技術を味覚と嗅覚に代表されるような化学物質センシングの領域にまで広げる研究開発に取り組んでいます。
今回の成果
研究グループでは、大腸菌の持つ化学物質センシング能力と機械学習を組み合わせることで、新たな化学物質情報識別技術を開発し、将来的に「ケミカルバイオセンサー」が構築できることを次の4つのステップで見いだしました(図1参照)。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202203158609-O1-msQJ5dXd】
図1 今回の「味見型」センシング技術の概要
1. べん毛モーターの回転の向きの計測
多くのバクテリアは、環境中の化学物質を認識し、バクテリアにとって好ましいもの(誘引物質)には集まり、好ましくないもの(忌避物質)からは離れる走化性という仕組みを持ちます。これは、走化性を持つバクテリアが遊泳するための運動器官「べん毛」の根元にあるモーターの回転方向が、誘引物質の場合は反時計回り、忌避物質の場合は時計回りに回転する傾向が高くなるからです。研究グループでは、走化性を持つバクテリアの代表として大腸菌を用い、べん毛モーターの回転の向きを効率よく正確に計測して定量化することに成功しました。
2. 化学物質ごとの大腸菌の動きを計測してデータベース化
次に、大腸菌に様々な化学物質を投与し、べん毛の回転の向きを計測しました。ここでは、一画面当たり100個レベルの大腸菌の集団から、時計回りの動きを示すものの割合を10分間にわたり自動的に追跡しました。
例えば、大腸菌が好む誘引物質をこの系に与えた場合、最初に5割程度であった時計回りの細胞の割合がほぼゼロへと変化します(図2上 誘引応答)。そのまましばらく経つと、その割合が物質投与前のレベルに戻っていきます(図2上 「慣れる」過程)。
このグラフは、与えた化学物質の種類によって、異なる形状を示した(図2下参照)ことから、研究グループでは、「化学物質Aの濃度Xの場合のグラフ」「化学物質Bの濃度Yの場合のグラフ」といったデータベースを作りました。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202203158609-O2-4Yh4zbPK】
図2 化学物質入力に対するバクテリアの典型的な時間応答データ(上)と
2種の入力アミノ酸の濃度を振った際の「慣れる」過程のバリエーション(下)
3. 機械学習による化学物質識別方法の構築
次に行ったのは、与えた化学物質を推定する方法の構築です。識別したい化学物質を大腸菌に与え、その時の大腸菌の動きを計測し、それが構築したデータベースのどのグラフに近いのかが分かれば、その化学物質が何であるかを識別することが可能です。ここでは、構築したデータベースを基に、機械学習を用いて識別を行う方法を構築しました。
4. 検証
3の識別方法により、様々な化学物質の識別を試みたところ、アミノ酸の水溶液のような単一物質溶液の識別に加え、様々な物質の混合物であるコーラの種類までも見分けることが可能でした。この結果は、「成分がよく分からない混合物溶液を識別する」という、まるで人が舌で味を見分けるように働くケミカルバイオセンサーが作れることを意味しています(図1参照)。
今後の展望
本研究の走化性を持つバクテリアの化学物質センシング能力と、機械学習の組合せによるフレームワークは、生き物の物差しで化学情報を識別する新しいコンセプトのセンシング技術の基礎になるものです。これは、飲料等の食品を対象とした識別だけではなく、尿、唾液等を用いたヘルスケア分野や、土壌、水質等を対象とした環境分野・農林水産分野における新たな観点からの評価を可能とするケミカルバイオセンサーの開発につながるものとして期待できます。今後は、この手法の識別対象として適したサンプル、解析技術を適用するために必要なデータベースを幅広く求めることで、これまでにないセンシング技術としての有効性を示していくことが重要です。
また、今回開発した計測法の活用や、データ解析手法の応用によって、バクテリアを始めとした細胞がどのように環境中の化学情報を感じて情報処理を行っているかについての科学的な理解が深まることが期待されます。
各機関の役割分担
・情報通信研究機構: コンセプトの提案、実験方法の開発、実験の遂行、データの収集・解析の実施
・法政大学: バクテリア株の供給、培養条件・アッセイ手法の提案、分子生物学・細菌学の観点からの評価
・東京大学: データ駆動科学に基づくデータ解析手法の提案
論文情報
掲載誌: Scientific Reports
DOI: https://doi.org/10.1038/s41598-022-06732-4
論文名: Bayesian-based decipherment of in-depth information in bacterial chemical sensing beyond pleasant/unpleasant responses
著者: Hiroto Tanaka, Yasuaki Kazuta, Yasushi Naruse, Yukihiro Tominari, Hiroaki Umehara, Yoshiyuki Sowa, Takashi Sagawa, Kazuhiro Oiwa, Masato Okada, Ikuro Kawagishi, Hiroaki Kojima
2022年3月15日
国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)
学校法人法政大学
ポイント
■ 走化性を持つバクテリアを用いた新たな化学情報識別技術を開発
■ 大腸菌の化学物質センシング能力と機械学習とを組み合わせて走化性応答を解析
■ 様々な化学物質を識別するケミカルバイオセンサーの開発に期待
国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT(エヌアイシーティー)、理事長: 徳田 英幸)未来ICT研究所バイオICT研究室の田中裕人主任研究員、小嶋寛明室長らの研究グループは、法政大学 川岸郁朗教授、曽和義幸教授、東京大学 岡田真人教授らと共同で、走化性を持つバクテリアを用いた化学情報識別技術を開発しました。
単細胞のバクテリアも、化学物質をセンシングする能力を持っています。その中でも注目すべきものが、周囲の環境中に存在する多様な化学物質に応答して動きを変化させる走化性と呼ばれる性質です。研究グループでは、走化性を持つバクテリアのうち、多くの知見が蓄積されている大腸菌を光学顕微鏡システムで観察して走化性の変化を自動で高精度に数値化する方法を開発し、数値化したデータを機械学習によって解析することで、大腸菌の振る舞いから周囲の化学情報を味見するように識別することに成功しました。
将来的には、私たちを取り囲む様々な化学物質を識別し、それらが生き物や人に及ぼす影響を定量的に評価するケミカルバイオセンサーの開発につなげることが期待できます。
本成果は、2022年2月22日(火)(日本時間)に、英国科学雑誌「Scientific Reports」に掲載されました。
背景
「味覚」や「嗅覚」は、生き物にとって食物が食べられるかどうかを判断し、私たちの生命活動を維持するために重要な役割を果たす「センシング」能力です。
人の知覚に関わる情報通信技術は、これまで、「視覚」と「聴覚」の領域を中心に発展してきました。NICT未来ICT研究所 神戸フロンティア研究センターでは、バイオマテリアルを活用して、情報通信技術を味覚と嗅覚に代表されるような化学物質センシングの領域にまで広げる研究開発に取り組んでいます。
今回の成果
研究グループでは、大腸菌の持つ化学物質センシング能力と機械学習を組み合わせることで、新たな化学物質情報識別技術を開発し、将来的に「ケミカルバイオセンサー」が構築できることを次の4つのステップで見いだしました(図1参照)。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202203158609-O1-msQJ5dXd】
図1 今回の「味見型」センシング技術の概要
1. べん毛モーターの回転の向きの計測
多くのバクテリアは、環境中の化学物質を認識し、バクテリアにとって好ましいもの(誘引物質)には集まり、好ましくないもの(忌避物質)からは離れる走化性という仕組みを持ちます。これは、走化性を持つバクテリアが遊泳するための運動器官「べん毛」の根元にあるモーターの回転方向が、誘引物質の場合は反時計回り、忌避物質の場合は時計回りに回転する傾向が高くなるからです。研究グループでは、走化性を持つバクテリアの代表として大腸菌を用い、べん毛モーターの回転の向きを効率よく正確に計測して定量化することに成功しました。
2. 化学物質ごとの大腸菌の動きを計測してデータベース化
次に、大腸菌に様々な化学物質を投与し、べん毛の回転の向きを計測しました。ここでは、一画面当たり100個レベルの大腸菌の集団から、時計回りの動きを示すものの割合を10分間にわたり自動的に追跡しました。
例えば、大腸菌が好む誘引物質をこの系に与えた場合、最初に5割程度であった時計回りの細胞の割合がほぼゼロへと変化します(図2上 誘引応答)。そのまましばらく経つと、その割合が物質投与前のレベルに戻っていきます(図2上 「慣れる」過程)。
このグラフは、与えた化学物質の種類によって、異なる形状を示した(図2下参照)ことから、研究グループでは、「化学物質Aの濃度Xの場合のグラフ」「化学物質Bの濃度Yの場合のグラフ」といったデータベースを作りました。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202203158609-O2-4Yh4zbPK】
図2 化学物質入力に対するバクテリアの典型的な時間応答データ(上)と
2種の入力アミノ酸の濃度を振った際の「慣れる」過程のバリエーション(下)
3. 機械学習による化学物質識別方法の構築
次に行ったのは、与えた化学物質を推定する方法の構築です。識別したい化学物質を大腸菌に与え、その時の大腸菌の動きを計測し、それが構築したデータベースのどのグラフに近いのかが分かれば、その化学物質が何であるかを識別することが可能です。ここでは、構築したデータベースを基に、機械学習を用いて識別を行う方法を構築しました。
4. 検証
3の識別方法により、様々な化学物質の識別を試みたところ、アミノ酸の水溶液のような単一物質溶液の識別に加え、様々な物質の混合物であるコーラの種類までも見分けることが可能でした。この結果は、「成分がよく分からない混合物溶液を識別する」という、まるで人が舌で味を見分けるように働くケミカルバイオセンサーが作れることを意味しています(図1参照)。
今後の展望
本研究の走化性を持つバクテリアの化学物質センシング能力と、機械学習の組合せによるフレームワークは、生き物の物差しで化学情報を識別する新しいコンセプトのセンシング技術の基礎になるものです。これは、飲料等の食品を対象とした識別だけではなく、尿、唾液等を用いたヘルスケア分野や、土壌、水質等を対象とした環境分野・農林水産分野における新たな観点からの評価を可能とするケミカルバイオセンサーの開発につながるものとして期待できます。今後は、この手法の識別対象として適したサンプル、解析技術を適用するために必要なデータベースを幅広く求めることで、これまでにないセンシング技術としての有効性を示していくことが重要です。
また、今回開発した計測法の活用や、データ解析手法の応用によって、バクテリアを始めとした細胞がどのように環境中の化学情報を感じて情報処理を行っているかについての科学的な理解が深まることが期待されます。
各機関の役割分担
・情報通信研究機構: コンセプトの提案、実験方法の開発、実験の遂行、データの収集・解析の実施
・法政大学: バクテリア株の供給、培養条件・アッセイ手法の提案、分子生物学・細菌学の観点からの評価
・東京大学: データ駆動科学に基づくデータ解析手法の提案
論文情報
掲載誌: Scientific Reports
DOI: https://doi.org/10.1038/s41598-022-06732-4
論文名: Bayesian-based decipherment of in-depth information in bacterial chemical sensing beyond pleasant/unpleasant responses
著者: Hiroto Tanaka, Yasuaki Kazuta, Yasushi Naruse, Yukihiro Tominari, Hiroaki Umehara, Yoshiyuki Sowa, Takashi Sagawa, Kazuhiro Oiwa, Masato Okada, Ikuro Kawagishi, Hiroaki Kojima