15分程度で自己修復するエラストマーを実現
[22/07/25]
提供元:共同通信PRワイヤー
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フッ素を利用した“うら返し”のマテリアルデザイン
2022年7月22日
15分程度で自己修復するエラストマーを実現 フッ素を利用した“うら返し”のマテリアルデザイン
【本研究のポイント】
・室温で自発的に損傷が自己修復するエラストマー注1)はメンテナンスフリーという観点から有用性が高い。
・粘着性の高いポリマー注2)に撥水・撥油性のフッ素成分を結合することで、表面はサラッとしているが、損傷部分はすばやく接合して自己修復するエラストマーを実現した。
・フッ素成分の効果で、テフロンと強く接着可能となった。
・合成が極めて容易であることから、将来の実用化が期待できる。
【研究概要】
岐阜大学工学部三輪洋平教授のグループでは、フライパンの表面コートなどに利用されているフッ素成分をポリマーに少量付加した場合、フッ素成分がポリマーに弾かれて集まる性質に着目し、新しいタイプのエラストマーを開発しました(図1)。このエラストマーでは、フッ素成分が弾かれて集まることで、ポリマーを物理的に架橋注3)します(図1中央)。さらに、このエラストマーは、切断した傷口が自己修復により瞬時に接合し、15分程度で元通りに回復します(図1右)。一方で、フッ素成分のエラストマーの表面を覆って保護する効果により、切断した傷口同士以外では、エラストマーの接合は起こりません。また、フッ素成分にはテフロンとの親和性を高める効果もあります。そのため、このエラストマーを利用することで、一般的には接着が困難なテフロンを強く接着できることも明らかにしました。
このエラストマーは優れたパフォーマンスを示す一方で、極めて容易に合成できることから、電気製品や雑貨のコーティング材料などへの実用化が期待されます。
本研究成果は、日本時間2022年7月25日(月)18時にScientific Reports誌のオンライン版で発表されました。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202207204080-O6-ENQs5E28】
【研究背景】
私たち人間を含めて、生物の体は怪我をしたとしても、自然にそれを治癒する能力が備わっています。私たちの身の回りの人工物の傷も同様に、とは、現状ではいきませんが、未来の社会ではそうなっているかもしれません。自己修復材料は、この様な“夢のある話”というだけにとどまらず、製品の長寿命化や、製品を使用する上での安全・安心の担保、また、省エネ・省資源を通して持続的に発展可能な社会の実現に大きく寄与する技術として注目されています。
現在、自己修復材料には、修復剤を利用するものや、加熱や光の照射によって修復が起こるものなど、様々なタイプのものが開発されています。なかでも、室温で、何もしなくても自発的に損傷が修復するタイプのものは、メンテナンスフリーという観点から特に有用性が高いと考えられ、注目されています。
一般的に、この様な自己修復性エラストマーは、互いに集まる力の強い水素結合性やイオン性などの官能基によってポリマーを物理的に架橋することで得られ、架橋部位の結合交換によって自己修復を発現します。しかし、この従来のマテリアルデザインでは、エラストマーの力学強度と、自己修復速度の両方が、架橋部位の結合の強さに依存します。そのために、両者の間にトレードオフの関係が生じるという問題があります。つまり、すばやく自己修復するエラストマーを作り出したとしても、材料としての強度が弱く、実用に耐えられないかもしれない、ということです。
これに対して本研究では、従来のマテリアルデザインを“うら返す”ことで、力学的に強いけれども、すばやく自己修復するエラストマーを実現しました。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202207204080-O7-7ITuDrS9】
【研究成果】
本研究では、アクリル酸メチルとアクリル酸エチルの共重合体に、ごく少量のフッ素成分を“枝”として付加したフッ素ポリマー(PolyF)を合成しました(図1左)。このPolyFでは、“幹”部分のポリマーは粘着剤に利用される様な、分子間相互作用が強くて互いに集まる力の強いポリマーです。そのため、ポリマーどうしが集まる結果、分子間相互作用の弱いフッ素成分は弾かれて寄せ集められるために、ポリマーがフッ素成分によって架橋され、結果的にネットワーク構造が形成されます。ポリマーに少量付加したフッ素成分が集まって架橋部位を形成していますので、従来のマテリアルデザインと同様に見えるかもしれませんが、集まる力が強いのはポリマーの方ですので、まさに従来の“うら返し”だと言えます。この様なうら返し構造では、エラストマーの力学強度はネットワーク構造が担いますが、一方で、自己修復速度はポリマー同士の分子間相互作用に依存します。そのために、このエラストマーでは力学強度と自己修復速度の間のトレードオフの関係からの脱却を実現しています。
図2の様に、このPolyFは2 MPa程度の破断応力を示し、比較的高い力学強度を持ちます。それにもかかわらず、切断したPolyFは室温で瞬時に接合し、15分程度で元通りのパフォーマンスに回復します。これは、マトリックスを形成しているポリマー同士の分子間相互作用によって自己修復が起こるためだと考えられます。さらに、このPolyFは水中や、高濃度の酸やアルカリ水溶液中でも自己修復します。一方で、フッ素成分がエラストマーの表面を覆って保護するために、切断した傷口同士以外では、エラストマーの接合は起こりません。これは、実用化の観点から極めて重要な性質です。
また、PolyFはフッ素成分のおかげでテフロンとの親和性が高く、一般的には接着が困難なテフロンを接着することもできます。たとえば図3の様に、PolyFで接着したテフロンのプレートは、約10 kgの重りを難なく吊り下げることができます。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202207204080-O8-TiBnx4Zp】
【今後の展開】
自己修復機能を持ったポリマー材料に関する研究は、世界中で盛んに行われている一方で、実用化に至っているものはごく僅かしかありません。実用化のためには、なるべく単純なマテリアルデザインによって効果的な機能を発現することが重要だと考えられます。本研究のマテリアルデザインは非常に単純なものであり、合成も極めて容易に行うことができます。現在、電気製品や雑貨のコーティング材料などへの実用化を目指しつつ、さらに優れた自己修復材料についての研究を行っています。
【論文情報】
雑誌名:Scientific Reports
タイトル:Repulsive segregation of fluoroalkyl side chains turns a cohesive polymer into a mechanically tough, ultrafast self-healable, nonsticky elastomer
著者:Yohei Miwa, Taro Udagawa, Shoichi Kutsumizu
DOI:10.1038/s41598-022-16156-9
【用語解説】
注1)エラストマー:
室温で液体状のポリマーを部分的に架橋(橋架け)して得られるネットワーク状の分子形状を持ったポリマー材料。柔軟で弾力があり、数倍以上伸び縮みすることができる。一般的に、日常では“ゴム”とよばれている。靴底や輪ゴムなどの日用品だけでなく、化粧品、医療品、乗り物、家電、建築材料など、例をあげると枚挙に暇がないほど日常で幅広く使われている。
注2)ポリマー:
分子量が1万を超える様な巨大分子で、ひもの様に細長い分子形状をしている。プラスチックやビニールなどとして日常で利用されている。
注3)物理的な架橋:
共有結合によってポリマーを架橋するのではなく、水素結合やイオン結合、もしくは、特定の成分が集合する性質などの可逆的な結合や分子間相互作用を利用して物理的にポリマーを架橋する方法。共有結合による架橋とは異なり、加熱などによって、架橋を一時的に外すことができる。
【研究者プロフィール】
三輪 洋平(みわ ようへい):論文筆頭著者、論文責任著者
岐阜大学 工学部 教授
宇田川 太郎(うだがわ たろう)
岐阜大学 工学部 助教
沓水 祥一(くつみず しょういち)
岐阜大学 工学部 教授
【研究サポート】
本研究は、主に、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業さきがけ 研究領域「力学機能のナノエンジニアリング」(研究総括:北村隆行)における研究課題「イオン架橋の動的特性制御によるポリマー材料の高機能化」(研究者:三輪洋平(JPMJPR199B))の支援を受けて行われた。また、研究の一部では基盤研究C(19K05612)をはじめとする日本学術振興会 科学研究費助成事業、公益財団法人立松財団および公益財団法人江野科学振興財団の研究助成事業の支援を受けた。
2022年7月22日
15分程度で自己修復するエラストマーを実現 フッ素を利用した“うら返し”のマテリアルデザイン
【本研究のポイント】
・室温で自発的に損傷が自己修復するエラストマー注1)はメンテナンスフリーという観点から有用性が高い。
・粘着性の高いポリマー注2)に撥水・撥油性のフッ素成分を結合することで、表面はサラッとしているが、損傷部分はすばやく接合して自己修復するエラストマーを実現した。
・フッ素成分の効果で、テフロンと強く接着可能となった。
・合成が極めて容易であることから、将来の実用化が期待できる。
【研究概要】
岐阜大学工学部三輪洋平教授のグループでは、フライパンの表面コートなどに利用されているフッ素成分をポリマーに少量付加した場合、フッ素成分がポリマーに弾かれて集まる性質に着目し、新しいタイプのエラストマーを開発しました(図1)。このエラストマーでは、フッ素成分が弾かれて集まることで、ポリマーを物理的に架橋注3)します(図1中央)。さらに、このエラストマーは、切断した傷口が自己修復により瞬時に接合し、15分程度で元通りに回復します(図1右)。一方で、フッ素成分のエラストマーの表面を覆って保護する効果により、切断した傷口同士以外では、エラストマーの接合は起こりません。また、フッ素成分にはテフロンとの親和性を高める効果もあります。そのため、このエラストマーを利用することで、一般的には接着が困難なテフロンを強く接着できることも明らかにしました。
このエラストマーは優れたパフォーマンスを示す一方で、極めて容易に合成できることから、電気製品や雑貨のコーティング材料などへの実用化が期待されます。
本研究成果は、日本時間2022年7月25日(月)18時にScientific Reports誌のオンライン版で発表されました。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202207204080-O6-ENQs5E28】
【研究背景】
私たち人間を含めて、生物の体は怪我をしたとしても、自然にそれを治癒する能力が備わっています。私たちの身の回りの人工物の傷も同様に、とは、現状ではいきませんが、未来の社会ではそうなっているかもしれません。自己修復材料は、この様な“夢のある話”というだけにとどまらず、製品の長寿命化や、製品を使用する上での安全・安心の担保、また、省エネ・省資源を通して持続的に発展可能な社会の実現に大きく寄与する技術として注目されています。
現在、自己修復材料には、修復剤を利用するものや、加熱や光の照射によって修復が起こるものなど、様々なタイプのものが開発されています。なかでも、室温で、何もしなくても自発的に損傷が修復するタイプのものは、メンテナンスフリーという観点から特に有用性が高いと考えられ、注目されています。
一般的に、この様な自己修復性エラストマーは、互いに集まる力の強い水素結合性やイオン性などの官能基によってポリマーを物理的に架橋することで得られ、架橋部位の結合交換によって自己修復を発現します。しかし、この従来のマテリアルデザインでは、エラストマーの力学強度と、自己修復速度の両方が、架橋部位の結合の強さに依存します。そのために、両者の間にトレードオフの関係が生じるという問題があります。つまり、すばやく自己修復するエラストマーを作り出したとしても、材料としての強度が弱く、実用に耐えられないかもしれない、ということです。
これに対して本研究では、従来のマテリアルデザインを“うら返す”ことで、力学的に強いけれども、すばやく自己修復するエラストマーを実現しました。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202207204080-O7-7ITuDrS9】
【研究成果】
本研究では、アクリル酸メチルとアクリル酸エチルの共重合体に、ごく少量のフッ素成分を“枝”として付加したフッ素ポリマー(PolyF)を合成しました(図1左)。このPolyFでは、“幹”部分のポリマーは粘着剤に利用される様な、分子間相互作用が強くて互いに集まる力の強いポリマーです。そのため、ポリマーどうしが集まる結果、分子間相互作用の弱いフッ素成分は弾かれて寄せ集められるために、ポリマーがフッ素成分によって架橋され、結果的にネットワーク構造が形成されます。ポリマーに少量付加したフッ素成分が集まって架橋部位を形成していますので、従来のマテリアルデザインと同様に見えるかもしれませんが、集まる力が強いのはポリマーの方ですので、まさに従来の“うら返し”だと言えます。この様なうら返し構造では、エラストマーの力学強度はネットワーク構造が担いますが、一方で、自己修復速度はポリマー同士の分子間相互作用に依存します。そのために、このエラストマーでは力学強度と自己修復速度の間のトレードオフの関係からの脱却を実現しています。
図2の様に、このPolyFは2 MPa程度の破断応力を示し、比較的高い力学強度を持ちます。それにもかかわらず、切断したPolyFは室温で瞬時に接合し、15分程度で元通りのパフォーマンスに回復します。これは、マトリックスを形成しているポリマー同士の分子間相互作用によって自己修復が起こるためだと考えられます。さらに、このPolyFは水中や、高濃度の酸やアルカリ水溶液中でも自己修復します。一方で、フッ素成分がエラストマーの表面を覆って保護するために、切断した傷口同士以外では、エラストマーの接合は起こりません。これは、実用化の観点から極めて重要な性質です。
また、PolyFはフッ素成分のおかげでテフロンとの親和性が高く、一般的には接着が困難なテフロンを接着することもできます。たとえば図3の様に、PolyFで接着したテフロンのプレートは、約10 kgの重りを難なく吊り下げることができます。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202207204080-O8-TiBnx4Zp】
【今後の展開】
自己修復機能を持ったポリマー材料に関する研究は、世界中で盛んに行われている一方で、実用化に至っているものはごく僅かしかありません。実用化のためには、なるべく単純なマテリアルデザインによって効果的な機能を発現することが重要だと考えられます。本研究のマテリアルデザインは非常に単純なものであり、合成も極めて容易に行うことができます。現在、電気製品や雑貨のコーティング材料などへの実用化を目指しつつ、さらに優れた自己修復材料についての研究を行っています。
【論文情報】
雑誌名:Scientific Reports
タイトル:Repulsive segregation of fluoroalkyl side chains turns a cohesive polymer into a mechanically tough, ultrafast self-healable, nonsticky elastomer
著者:Yohei Miwa, Taro Udagawa, Shoichi Kutsumizu
DOI:10.1038/s41598-022-16156-9
【用語解説】
注1)エラストマー:
室温で液体状のポリマーを部分的に架橋(橋架け)して得られるネットワーク状の分子形状を持ったポリマー材料。柔軟で弾力があり、数倍以上伸び縮みすることができる。一般的に、日常では“ゴム”とよばれている。靴底や輪ゴムなどの日用品だけでなく、化粧品、医療品、乗り物、家電、建築材料など、例をあげると枚挙に暇がないほど日常で幅広く使われている。
注2)ポリマー:
分子量が1万を超える様な巨大分子で、ひもの様に細長い分子形状をしている。プラスチックやビニールなどとして日常で利用されている。
注3)物理的な架橋:
共有結合によってポリマーを架橋するのではなく、水素結合やイオン結合、もしくは、特定の成分が集合する性質などの可逆的な結合や分子間相互作用を利用して物理的にポリマーを架橋する方法。共有結合による架橋とは異なり、加熱などによって、架橋を一時的に外すことができる。
【研究者プロフィール】
三輪 洋平(みわ ようへい):論文筆頭著者、論文責任著者
岐阜大学 工学部 教授
宇田川 太郎(うだがわ たろう)
岐阜大学 工学部 助教
沓水 祥一(くつみず しょういち)
岐阜大学 工学部 教授
【研究サポート】
本研究は、主に、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業さきがけ 研究領域「力学機能のナノエンジニアリング」(研究総括:北村隆行)における研究課題「イオン架橋の動的特性制御によるポリマー材料の高機能化」(研究者:三輪洋平(JPMJPR199B))の支援を受けて行われた。また、研究の一部では基盤研究C(19K05612)をはじめとする日本学術振興会 科学研究費助成事業、公益財団法人立松財団および公益財団法人江野科学振興財団の研究助成事業の支援を受けた。