がん関連糖鎖の生産を細胞内で制御する仕組みを解明
[22/08/01]
提供元:共同通信PRワイヤー
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〜酵素の分泌が止まると糖鎖の枝分かれが増加する〜
2022年8月1日
がん関連糖鎖の生産を細胞内で制御する仕組みを解明 〜酵素の分泌が止まると糖鎖の枝分かれが増加する〜
【本研究のポイント】
・酵素GnT-Vは、がんに関わる糖鎖を作ることが知られている。
・細胞の状態に応じて、GnT-Vの細胞外への分泌が止まり、細胞内で蓄積し、糖鎖を作る活性が増えることを明らかにした。
・本研究は、糖鎖の合成が細胞内で調節される仕組みや、糖鎖が関わるがんの病態メカニズムの理解につながると期待される。
【研究概要】
国立大学法人東海国立大学機構 岐阜大学糖鎖生命コア研究所(iGCORE)の木塚康彦教授、平田哲也元特任助教らの研究グループは、広島大学との共同研究で、細胞が糖鎖の量や構造を調節する新たな仕組みを明らかにしました。
がんに関わる糖鎖を作る酵素GnT-Vは、細胞内のゴルジ体という小器官に存在しており、SPPL3という別の酵素で切断されることによって、細胞外に分泌されることが知られています。本研究では、細胞の状態に応じて、GnT-Vの細胞外への分泌が止まり、その結果細胞内の量が増加することにより、糖鎖を作る活性が増えることがわかりました。
本研究は、特定の糖鎖の合成が細胞内でどのように調節されているのか、という疑問の解明に向けて重要な知見を与えるとともに、糖鎖が関わるがんの悪性化の仕組みの解明にも役立つことが期待されます。
本研究成果は、2022年8月1日付(日本時間8月1日18時)Nature姉妹誌「Communications Biology」に掲載されました。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202207284490-O6-n1VSN7i4】
【研究背景と内容】
糖鎖 1)とは、ブドウ糖などの糖(動物では約10種類の糖が存在)が枝分かれしながら鎖状につながったもので、タンパク質や脂質などに結合した状態で、細胞の膜を覆うようにして存在しています。動物では、体内の半数以上のタンパク質に糖鎖がついています。タンパク質についている糖鎖には様々な形のものがあり、タンパク質ごとに形が異なることが知られています。
タ ンパク質につく糖鎖は、細胞の中で糖転移酵素 2)(糖鎖合成酵素)と呼ばれる酵素の働きによって作られます。ヒトには180種類ほどの糖転移酵素が存在しており、細胞は状況に応じてこれら糖転移酵素の量や活性を調節し、糖鎖の形を作り替えます。例えば、同じタンパク質でも、健康な状態と病気の状態では、ついている糖鎖の形が変化することが知られており、こうした疾患特異的な糖鎖の変化は、バイオマーカー 3)として実際に医療の現場でがんの診断などに使われています。特に、糖転移酵素の一つであるGnT-V 4)が作るβ1,6分岐と呼ばれる枝分かれ構造は(図1)、がんの発症・進行に伴って増えることが知られています。さらに、GnT-Vの発現が高いがん患者では予後が悪くなる傾向を示すことなどから、GnT-Vはがんの治療標的の一つと考えられています。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202207284490-O7-MN6nldvw】
このように、細胞が自身の糖鎖を変化させること自体はよく知られており医療にも応用されていますが、それがどのようにして起きるのか、その詳細な仕組みについてはまだあまりよくわかっていません。最近の研究では、細胞が持つ多くの種類の糖鎖のうち一部の糖鎖をなくすと、一見無関係と思われていた別の糖鎖の量が変化することがわかってきています。この事実は、細胞が自身の持つ糖鎖の形を検知し、それによって糖転移酵素が作る糖鎖の量を調節していることを示唆しています。そこで木塚教授らは、細胞が持つ糖鎖の形が変化したとき、糖転移酵素の活性がどのように変わるのか、その仕組みの解明を目指しました。
ま ず、細胞が持つ糖鎖の形を薬剤により変化させました。N型糖鎖 5)と呼ばれる多くのタンパク質につく糖鎖は、未成熟な形から成熟した様々な形に細胞内で変化していきます。この成熟を阻害する薬剤で細胞を処理し、細胞のN型糖鎖を未熟な形のものに変化させました(図2A)。この細胞における幾つかの糖転移酵素の活性を測定したところ、薬剤を加えることで、細胞内のGnT-Vの活性が増加することがわかりました(図2B)。一方、GnT-Vとよく似た糖転移酵素であるGnT-IIIやGnT-IVの活性には変化がありませんでした。さらにウエスタンブロット解析によって細胞内のGnT-Vのタンパク質の量を調べたところ、こちらも薬剤処理によって増加していました(図2C)。このことから、細胞のN型糖鎖が未成熟な形になると、細胞内のGnT-Vの量が増え、その結果GnT-Vの酵素活性が増加することがわかりました。またこの増加は全ての糖転移酵素に起こるのではなく、GnT-Vに選択的に起こることもわかりました。【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202207284490-O8-gHx6X19f】
次に、糖鎖の形の違いによりGnT-Vの量が調節される仕組みを調べました。GnT-Vなどのタンパク質は、メッセンジャーRNA(mRNA)6)から作られ、作られたあとのタンパク質は細胞内で分解されたり細胞外へ分泌されることが知られています。つまり、mRNAの量によって細胞内で作られるGnT-Vタンパク質の量が決まり、分解や分泌の程度によって減少する量が決まります。まず、通常の細胞と、未熟な形の糖鎖をもつ細胞を用いて、GnT-VのmRNAの量を比較し、合成される量に違いがないかを調べました。その結果、GnT-VのmRNAの量には違いはありませんでした。次に、GnT-Vの細胞内での分解量を調べましたが、GnT-Vはあまり分解を受けていないことがわかりました。そこで、細胞外へのGnT-Vの分泌量を調べたところ、通常の細胞に比べ、糖鎖を未熟にした細胞では分泌量が大きく減少し、細胞内に存在するGnT-Vの量が増えていることがわかりました(図3)。これらの結果から、細胞が持つ糖鎖の形が未熟になると、GnT-Vの細胞外への分泌量が抑えられ、それにより細胞内のGnT-Vの量が増えて活性が高まることがわかりました。【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202207284490-O9-1OIbyKLs】
以前の研究で、GnT-VはSPPL3 7)と呼ばれるタンパク質切断酵素によって切断されることで細胞外へ分泌されることがわかっています。実際にSPPL3を欠損させた細胞では、GnT-Vの分泌量が大幅に低下し、細胞内の量が増加していました(図4A)。そこで、通常の細胞と、SPPL3のない細胞を、それぞれN型糖鎖を未成熟にする薬剤で処理し、細胞内でのGnT-Vの活性の変化を調べました(図4B)。通常の細胞では、これまで示したように、薬剤処理によってGnT-Vの分泌が抑えられ、その結果細胞内の量が増えて活性が増加します。一方、SPPL3のない細胞では、糖鎖を未成熟な形にする薬剤で処理をしても、細胞内のGnT-Vの活性は変化しませんでした(図4B)。つまり、通常の細胞で起こる、糖鎖の形に依存した細胞内のGnT-V活性の増加は、SPPL3を介したGnT-Vの分泌の低下が原因であることがわかりました。【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202207284490-O10-9w279ncE】
さらに、GnT-Vの分泌や細胞内の活性調節に必要な糖鎖の構造をより詳細に調べました。N型糖鎖は段階的に細胞内で成熟していき、多くのN型糖鎖では最終的に末端にシアル酸 8)がつきます(図5A)。そこで、シアル酸を欠損させることで糖鎖の成熟の最終段階をなくした細胞を作り、細胞内のGnT-Vの活性を比較しました。その結果、シアル酸のない細胞では、これまで示した薬剤処理と同様に、GnT-Vの活性が増加することがわかりました(図5B)。このことから、SPPL3によるGnT-Vの切断には、細胞が持つ糖鎖の末端のシアル酸の有無が重要であることがわかりました。最後に、シアル酸をなくして糖鎖の成熟を抑えた細胞で、GnT-Vが作るβ1,6分岐を持つ糖鎖が増加するかどうかを調べました。通常の細胞と、シアル酸のない細胞からN型糖鎖を回収し、グライコミクス 9)と呼ばれる分析手法を用いて、糖鎖の形と量を網羅的に調べる解析を行いました。その結果、シアル酸のない細胞では、確かにGnT-Vが作るβ1,6分岐を持つ糖鎖の量が増加していることがわかりました(図5C)。【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202207284490-O11-0PB4X2pc】
【成果の意義】
本研究により、がんに関連する糖転移酵素GnT-VがSPPL3により分泌され、その分泌は細胞の糖鎖が未成熟になると抑えられることがわかりました。これは、細胞が糖鎖合成酵素の切断を制御することによって糖鎖を作る活性を調節し、ひいては自身の持つ糖鎖の形を調節していることを示唆しています。GnT-Vの活性はがんの発症や悪性化を促進する効果があるため、分泌を介してGnT-Vの活性を変えるこの仕組みは、がんの悪性化に関わる可能性があります。一方、GnT-Vの切断には糖鎖末端のシアル酸が重要であることがわかりましたが、糖鎖の形が変わるとなぜSPPL3によるGnT-Vの切断の度合いが変わるのかはわかっていません。今後、SPPL3が糖鎖の形を見分けてGnT-Vの切断度合いを変える仕組みがわかれば、細胞の糖鎖の構造が変化する仕組みがさらに解明され、がんを始めとする糖鎖が関わる疾患の理解や治療薬開発に貢献すると期待されます。
また本研究は、日本学術振興会の『科学研究費助成事業 基盤研究(B)』の支援のもとで行われました。
【用語説明】
1)糖鎖:グルコース(ブドウ糖)などの糖が鎖状につながった物質。遊離の状態で存在するものもあれば、タンパク質や脂質に結合した状態のものもある。デンプン、グリコーゲンなどの多糖は、数多くの糖がつながり、糖鎖だけで遊離の状態で存在する。一方タンパク質に結合したものは、数個から20個程度の糖がつながったものが多い。
2)糖転移酵素:糖鎖を合成する酵素のことで、ヒトでは180種類程度存在することが知られている。主に、細胞の中のゴルジ体と呼ばれる小器官に存在している。
3)バイオマーカー:血液中などにおける存在量が疾患の有無や進行度の指標となるような生体物質。糖鎖も、がんなどのバイオマーカーとして用いられる。
4)GnT-V:糖鎖を合成する酵素(糖転移酵素)の一つで、細胞の中に存在し、β1,6分岐という糖鎖の枝分かれ構造を作る。GnT-IIIやGnT-IVは、N型糖鎖の中の別の分岐構造を作る酵素。
5)N型糖鎖:タンパク質につく糖鎖の種類の1つで、タンパク質のアスパラギン残基(アミノ酸の1文字表記でN)に結合している。ヒトでは7000種類以上のタンパク質がN型糖鎖を持つことがわかっている。
6)メッセンジャーRNA(mRNA):タンパク質の設計図である遺伝子(DNA)から合成されるRNA。mRNAの配列に基づいてアミノ酸をつなげていくことにより、タンパク質が合成される。
7)SPPL3:タンパク質を切断するプロテアーゼと呼ばれる酵素の一種。小胞体やゴルジ体などの細胞内小器官に存在し、糖転移酵素などを切断することで細胞外へ分泌させることが知られている。
8)シアル酸:酸性の糖(赤い菱形で表される)で、動物の糖鎖の末端に存在する。インフルエンザウイルスが感染するときの目印になっていることがよく知られている。
9)グライコミクス:試料中に含まれるできる限り多くの種類の糖鎖を検出し、個々の糖鎖が各試料にどれだけ含まれているかを調べる方法。グライコ(英語で糖鎖を意味するGlyco)と網羅的な解析法を意味するオミクス(omics)を合わせた言葉。主に質量分析と呼ばれる機器が分析に用いられる。質量分析とは、分子をイオン化し、質量によって分離することで分子の質量を正確に知る分析法で、糖鎖の形について信頼性をもって決定するために世界中で用いられている。
【論文情報】
雑誌名:Communications Biology
タイトル:Shedding of N-acetylglucosaminyltransferase-V is regulated by maturity of cellular N-glycan
著者: Tetsuya Hirata, Misaki Takata, Yuko Tokoro, Miyako Nakano, Yasuhiko Kizuka
DOI番号:10.1038/s42003-022-03697-y
論文公開URL:https://www.nature.com/articles/s42003-022-03697-y
【研究者情報】
木塚 康彦(きづか やすひこ):論文責任著者
岐阜大学糖鎖生命コア研究所糖鎖分子科学研究センター 教授(センター長)
平田 哲也 (ひらた てつや):論文筆頭著者
岐阜大学糖鎖生命コア研究所 元特任助教(現デューク大学研究員)
2022年8月1日
がん関連糖鎖の生産を細胞内で制御する仕組みを解明 〜酵素の分泌が止まると糖鎖の枝分かれが増加する〜
【本研究のポイント】
・酵素GnT-Vは、がんに関わる糖鎖を作ることが知られている。
・細胞の状態に応じて、GnT-Vの細胞外への分泌が止まり、細胞内で蓄積し、糖鎖を作る活性が増えることを明らかにした。
・本研究は、糖鎖の合成が細胞内で調節される仕組みや、糖鎖が関わるがんの病態メカニズムの理解につながると期待される。
【研究概要】
国立大学法人東海国立大学機構 岐阜大学糖鎖生命コア研究所(iGCORE)の木塚康彦教授、平田哲也元特任助教らの研究グループは、広島大学との共同研究で、細胞が糖鎖の量や構造を調節する新たな仕組みを明らかにしました。
がんに関わる糖鎖を作る酵素GnT-Vは、細胞内のゴルジ体という小器官に存在しており、SPPL3という別の酵素で切断されることによって、細胞外に分泌されることが知られています。本研究では、細胞の状態に応じて、GnT-Vの細胞外への分泌が止まり、その結果細胞内の量が増加することにより、糖鎖を作る活性が増えることがわかりました。
本研究は、特定の糖鎖の合成が細胞内でどのように調節されているのか、という疑問の解明に向けて重要な知見を与えるとともに、糖鎖が関わるがんの悪性化の仕組みの解明にも役立つことが期待されます。
本研究成果は、2022年8月1日付(日本時間8月1日18時)Nature姉妹誌「Communications Biology」に掲載されました。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202207284490-O6-n1VSN7i4】
【研究背景と内容】
糖鎖 1)とは、ブドウ糖などの糖(動物では約10種類の糖が存在)が枝分かれしながら鎖状につながったもので、タンパク質や脂質などに結合した状態で、細胞の膜を覆うようにして存在しています。動物では、体内の半数以上のタンパク質に糖鎖がついています。タンパク質についている糖鎖には様々な形のものがあり、タンパク質ごとに形が異なることが知られています。
タ ンパク質につく糖鎖は、細胞の中で糖転移酵素 2)(糖鎖合成酵素)と呼ばれる酵素の働きによって作られます。ヒトには180種類ほどの糖転移酵素が存在しており、細胞は状況に応じてこれら糖転移酵素の量や活性を調節し、糖鎖の形を作り替えます。例えば、同じタンパク質でも、健康な状態と病気の状態では、ついている糖鎖の形が変化することが知られており、こうした疾患特異的な糖鎖の変化は、バイオマーカー 3)として実際に医療の現場でがんの診断などに使われています。特に、糖転移酵素の一つであるGnT-V 4)が作るβ1,6分岐と呼ばれる枝分かれ構造は(図1)、がんの発症・進行に伴って増えることが知られています。さらに、GnT-Vの発現が高いがん患者では予後が悪くなる傾向を示すことなどから、GnT-Vはがんの治療標的の一つと考えられています。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202207284490-O7-MN6nldvw】
このように、細胞が自身の糖鎖を変化させること自体はよく知られており医療にも応用されていますが、それがどのようにして起きるのか、その詳細な仕組みについてはまだあまりよくわかっていません。最近の研究では、細胞が持つ多くの種類の糖鎖のうち一部の糖鎖をなくすと、一見無関係と思われていた別の糖鎖の量が変化することがわかってきています。この事実は、細胞が自身の持つ糖鎖の形を検知し、それによって糖転移酵素が作る糖鎖の量を調節していることを示唆しています。そこで木塚教授らは、細胞が持つ糖鎖の形が変化したとき、糖転移酵素の活性がどのように変わるのか、その仕組みの解明を目指しました。
ま ず、細胞が持つ糖鎖の形を薬剤により変化させました。N型糖鎖 5)と呼ばれる多くのタンパク質につく糖鎖は、未成熟な形から成熟した様々な形に細胞内で変化していきます。この成熟を阻害する薬剤で細胞を処理し、細胞のN型糖鎖を未熟な形のものに変化させました(図2A)。この細胞における幾つかの糖転移酵素の活性を測定したところ、薬剤を加えることで、細胞内のGnT-Vの活性が増加することがわかりました(図2B)。一方、GnT-Vとよく似た糖転移酵素であるGnT-IIIやGnT-IVの活性には変化がありませんでした。さらにウエスタンブロット解析によって細胞内のGnT-Vのタンパク質の量を調べたところ、こちらも薬剤処理によって増加していました(図2C)。このことから、細胞のN型糖鎖が未成熟な形になると、細胞内のGnT-Vの量が増え、その結果GnT-Vの酵素活性が増加することがわかりました。またこの増加は全ての糖転移酵素に起こるのではなく、GnT-Vに選択的に起こることもわかりました。【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202207284490-O8-gHx6X19f】
次に、糖鎖の形の違いによりGnT-Vの量が調節される仕組みを調べました。GnT-Vなどのタンパク質は、メッセンジャーRNA(mRNA)6)から作られ、作られたあとのタンパク質は細胞内で分解されたり細胞外へ分泌されることが知られています。つまり、mRNAの量によって細胞内で作られるGnT-Vタンパク質の量が決まり、分解や分泌の程度によって減少する量が決まります。まず、通常の細胞と、未熟な形の糖鎖をもつ細胞を用いて、GnT-VのmRNAの量を比較し、合成される量に違いがないかを調べました。その結果、GnT-VのmRNAの量には違いはありませんでした。次に、GnT-Vの細胞内での分解量を調べましたが、GnT-Vはあまり分解を受けていないことがわかりました。そこで、細胞外へのGnT-Vの分泌量を調べたところ、通常の細胞に比べ、糖鎖を未熟にした細胞では分泌量が大きく減少し、細胞内に存在するGnT-Vの量が増えていることがわかりました(図3)。これらの結果から、細胞が持つ糖鎖の形が未熟になると、GnT-Vの細胞外への分泌量が抑えられ、それにより細胞内のGnT-Vの量が増えて活性が高まることがわかりました。【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202207284490-O9-1OIbyKLs】
以前の研究で、GnT-VはSPPL3 7)と呼ばれるタンパク質切断酵素によって切断されることで細胞外へ分泌されることがわかっています。実際にSPPL3を欠損させた細胞では、GnT-Vの分泌量が大幅に低下し、細胞内の量が増加していました(図4A)。そこで、通常の細胞と、SPPL3のない細胞を、それぞれN型糖鎖を未成熟にする薬剤で処理し、細胞内でのGnT-Vの活性の変化を調べました(図4B)。通常の細胞では、これまで示したように、薬剤処理によってGnT-Vの分泌が抑えられ、その結果細胞内の量が増えて活性が増加します。一方、SPPL3のない細胞では、糖鎖を未成熟な形にする薬剤で処理をしても、細胞内のGnT-Vの活性は変化しませんでした(図4B)。つまり、通常の細胞で起こる、糖鎖の形に依存した細胞内のGnT-V活性の増加は、SPPL3を介したGnT-Vの分泌の低下が原因であることがわかりました。【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202207284490-O10-9w279ncE】
さらに、GnT-Vの分泌や細胞内の活性調節に必要な糖鎖の構造をより詳細に調べました。N型糖鎖は段階的に細胞内で成熟していき、多くのN型糖鎖では最終的に末端にシアル酸 8)がつきます(図5A)。そこで、シアル酸を欠損させることで糖鎖の成熟の最終段階をなくした細胞を作り、細胞内のGnT-Vの活性を比較しました。その結果、シアル酸のない細胞では、これまで示した薬剤処理と同様に、GnT-Vの活性が増加することがわかりました(図5B)。このことから、SPPL3によるGnT-Vの切断には、細胞が持つ糖鎖の末端のシアル酸の有無が重要であることがわかりました。最後に、シアル酸をなくして糖鎖の成熟を抑えた細胞で、GnT-Vが作るβ1,6分岐を持つ糖鎖が増加するかどうかを調べました。通常の細胞と、シアル酸のない細胞からN型糖鎖を回収し、グライコミクス 9)と呼ばれる分析手法を用いて、糖鎖の形と量を網羅的に調べる解析を行いました。その結果、シアル酸のない細胞では、確かにGnT-Vが作るβ1,6分岐を持つ糖鎖の量が増加していることがわかりました(図5C)。【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202207284490-O11-0PB4X2pc】
【成果の意義】
本研究により、がんに関連する糖転移酵素GnT-VがSPPL3により分泌され、その分泌は細胞の糖鎖が未成熟になると抑えられることがわかりました。これは、細胞が糖鎖合成酵素の切断を制御することによって糖鎖を作る活性を調節し、ひいては自身の持つ糖鎖の形を調節していることを示唆しています。GnT-Vの活性はがんの発症や悪性化を促進する効果があるため、分泌を介してGnT-Vの活性を変えるこの仕組みは、がんの悪性化に関わる可能性があります。一方、GnT-Vの切断には糖鎖末端のシアル酸が重要であることがわかりましたが、糖鎖の形が変わるとなぜSPPL3によるGnT-Vの切断の度合いが変わるのかはわかっていません。今後、SPPL3が糖鎖の形を見分けてGnT-Vの切断度合いを変える仕組みがわかれば、細胞の糖鎖の構造が変化する仕組みがさらに解明され、がんを始めとする糖鎖が関わる疾患の理解や治療薬開発に貢献すると期待されます。
また本研究は、日本学術振興会の『科学研究費助成事業 基盤研究(B)』の支援のもとで行われました。
【用語説明】
1)糖鎖:グルコース(ブドウ糖)などの糖が鎖状につながった物質。遊離の状態で存在するものもあれば、タンパク質や脂質に結合した状態のものもある。デンプン、グリコーゲンなどの多糖は、数多くの糖がつながり、糖鎖だけで遊離の状態で存在する。一方タンパク質に結合したものは、数個から20個程度の糖がつながったものが多い。
2)糖転移酵素:糖鎖を合成する酵素のことで、ヒトでは180種類程度存在することが知られている。主に、細胞の中のゴルジ体と呼ばれる小器官に存在している。
3)バイオマーカー:血液中などにおける存在量が疾患の有無や進行度の指標となるような生体物質。糖鎖も、がんなどのバイオマーカーとして用いられる。
4)GnT-V:糖鎖を合成する酵素(糖転移酵素)の一つで、細胞の中に存在し、β1,6分岐という糖鎖の枝分かれ構造を作る。GnT-IIIやGnT-IVは、N型糖鎖の中の別の分岐構造を作る酵素。
5)N型糖鎖:タンパク質につく糖鎖の種類の1つで、タンパク質のアスパラギン残基(アミノ酸の1文字表記でN)に結合している。ヒトでは7000種類以上のタンパク質がN型糖鎖を持つことがわかっている。
6)メッセンジャーRNA(mRNA):タンパク質の設計図である遺伝子(DNA)から合成されるRNA。mRNAの配列に基づいてアミノ酸をつなげていくことにより、タンパク質が合成される。
7)SPPL3:タンパク質を切断するプロテアーゼと呼ばれる酵素の一種。小胞体やゴルジ体などの細胞内小器官に存在し、糖転移酵素などを切断することで細胞外へ分泌させることが知られている。
8)シアル酸:酸性の糖(赤い菱形で表される)で、動物の糖鎖の末端に存在する。インフルエンザウイルスが感染するときの目印になっていることがよく知られている。
9)グライコミクス:試料中に含まれるできる限り多くの種類の糖鎖を検出し、個々の糖鎖が各試料にどれだけ含まれているかを調べる方法。グライコ(英語で糖鎖を意味するGlyco)と網羅的な解析法を意味するオミクス(omics)を合わせた言葉。主に質量分析と呼ばれる機器が分析に用いられる。質量分析とは、分子をイオン化し、質量によって分離することで分子の質量を正確に知る分析法で、糖鎖の形について信頼性をもって決定するために世界中で用いられている。
【論文情報】
雑誌名:Communications Biology
タイトル:Shedding of N-acetylglucosaminyltransferase-V is regulated by maturity of cellular N-glycan
著者: Tetsuya Hirata, Misaki Takata, Yuko Tokoro, Miyako Nakano, Yasuhiko Kizuka
DOI番号:10.1038/s42003-022-03697-y
論文公開URL:https://www.nature.com/articles/s42003-022-03697-y
【研究者情報】
木塚 康彦(きづか やすひこ):論文責任著者
岐阜大学糖鎖生命コア研究所糖鎖分子科学研究センター 教授(センター長)
平田 哲也 (ひらた てつや):論文筆頭著者
岐阜大学糖鎖生命コア研究所 元特任助教(現デューク大学研究員)