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関西大学化学生命工学部・宮田隆志研究室が ''ナノサイズの液晶高分子ミセル'' を開発

〜 液晶の医療応用。体温付近で薬物放出のON-OFF制御可能〜

2022/08/10
学校法人関西大学

 関西大学化学生命工学部の宮田隆志教授の研究グループは、ナノサイズの液晶粒子(液晶高分子ミセル)の設計と、それを用いたモデル薬物の放出制御に成功しました。この液晶高分子ミセルは内部に疎水性分子を内包でき、体温以下ではそれを保持しますが、体温以上になると急激に放出するようになります。液晶の新しい応用として、薬物放出システムなどの医療分野や物質分離などの環境分野への応用展開が期待できます。

【本件のポイント】
・ナノサイズの液晶高分子材料の開発に成功
・安定なミセル構造にもかかわらず、温度変化により内包物の放出を可逆的にON-OFF制御できる
・液晶高分子の新しい医療応用への展開が期待される

■ 研究背景
 ドラッグデリバリーシステム(DDS)は、必要な場所に必要な時間だけ必要な量の薬物を送達するシステムであり、薬効の増大や副作用の軽減、利便性の向上などが可能となります。DDSを実現するために薬物を運ぶ薬物キャリアが必要であり、疎水部と親水部からなる両親媒性高分子が形成するナノ粒子(高分子ミセル)が優れた薬物キャリアとして期待されています。特に、pHや温度などの刺激に応答して性質が変化する両親媒性高分子からなる高分子ミセルは、刺激応答性薬物キャリアとして精力的に研究されています。しかし、一般的な高分子ミセルは外部刺激によって自己集合構造が解離するため、可逆的な応答を付与するためには架橋構造などの導入が必要になります。

 一方、液晶は、固体のような規則的な構造と液体のような流動性を併せ持っており、外部電場や温度などによりその動的な規則構造が変化します。このような液晶のユニーク構造を利用した製品が液晶ディスプレイです。また、生体膜は、疎水部と親水部を有するリン脂質からなる脂質二重層で、高い規則性と流動性をもった液晶状態です。この脂質二重層が、分子やイオンの選択透過性に重要な役割を果たして生命活動を維持しています。これらのように液晶はユニークな構造を有しているにもかかわらず、これまでに医療分野への応用を試みた研究はほとんど報告されていませんでした。

■ 研究成果
 本研究グループでは、両親媒性高分子が水中で自己集合して高分子ミセルを形成する性質と、液晶高分子が生体膜のような動的な規則構造を有しており、外部刺激に応答してその構造を変化することに着目し、新たな両親媒性液晶高分子を合成しました。この両親媒性液晶高分子は、水中で自己集合することによりナノ粒子(液晶高分子ミセル)を形成し、体温付近の温度変化によって液晶相から等方相へと相転移することを明らかにしました(図1)。さらに、液晶高分子ミセルの内部にモデル薬物を内包させることができ、体温付近の温度変化により可逆的な薬物放出のON-OFF制御に成功しました。このような新しい液晶高分子ミセルは、刺激応答性DDSを実現するための薬物キャリアとして期待できると共に、疎水性分子の吸着制御など環境分野への応用も可能です。従来のマクロサイズの液晶とは異なり、ナノサイズの液晶ということで従来とは全く異なる液晶高分子の応用にも繋がると期待できます。

 まず、薬物キャリアとしての応用を目的としているため、体温付近で液晶−等方相転移を示し、疎水部と親水部を有する新規な両親媒性液晶高分子を合成しました。このような両親媒性液晶高分子は、柔軟なポリシロキサン主鎖に疎水部として液晶構造を形成するためのメソゲンと、親水部として生体適合性に優れたオリゴエチレングリコール鎖を導入することにより合成できます。この両親媒性液晶高分子は、体温付近に液晶−等方相転移温度(TNI)を有しており、37℃未満では規則性と流動性を併せ持つ液晶相を形成し、37℃以上になるとランダムな構造を持つ等方相へと変化しました。

 この両親媒性液晶高分子は水中で自己集合し、比較的単分散な粒径130 nmの液晶高分子ミセルを形成しました(図2)。この液晶高分子ミセルは広い温度範囲において水中で安定に分散し、TNI以上の温度でも粒子形態を保持していました。この液晶高分子ミセルの内部にモデル薬物を保持させ、その放出挙動を調べました。その結果、TNI以下の温度ではモデル薬物の放出は抑制されましたが、TNI以上の温度になると急激に放出速度が増加しました(図3(a), (b))。さらに、温度を可逆的に変化させたところ、液晶高分子ミセルからのモデル薬物の放出は可逆的にON-OFF制御できることがわかりました(図3(c))。これらの結果は、TNI以下では規則構造を有する液晶相内でモデル薬物の拡散が抑制されますが、TNI以上になると規則構造が崩れて等方相へと変化してその拡散性が著しく増加するためと考えられました。

 さらに、液晶高分子ミセルの細胞毒性も調べましたが、比較的高い濃度まで細胞毒性を示さないこともわかりました。また、様々な細胞への液晶高分子ミセルの取り込み挙動を検討した結果、細胞種によって細胞への取り込み挙動が異なり、がん細胞への取り込みが顕著であることがわかりました。この液晶高分子ミセルを細胞に取り込ませた後、TNI以上に昇温すると、モデル薬物が放出されている様子も観察されました。したがって、液晶高分子ミセルを細胞に取り込ませて、温度変化により薬物放出を可逆的にON-OFF制御できることが明らかになりました。このような液晶高分子ミセルは、従来にはない刺激応答性薬物キャリアとして期待できます。

■ 実社会への応用(今後の期待)
 一般的に液晶は光学材料などに利用されており、液晶の医療応用に関する研究はほとんど報告されていません。しかし、液晶高分子ミセルは液晶の構造変化を利用することによって薬物放出などを制御できることから、新しい薬物キャリアとしての応用が期待できます。今回は温度によって液晶構造の変化を誘起させましたが、光など様々な刺激に応答して液晶−等方相転移を誘起させる液晶高分子ミセルも設計できますので、体温付近にTNIを有する液晶高分子ミセルは様々な刺激応答性DDSを構築するためのプラットフォームとして今後の発展が期待できます。実用化までに乗り越えるべき壁はまだ数多く存在しますが、固体と液体の中間の性質を持つ液晶の新しい医療応用を初めて提案することができました。さらに、ナノサイズの液晶高分子材料として、物質分離や光学材料としての応用も考えられ、液晶の新しい応用展開に繋がる研究成果です。

■ 論文情報
論文名: Amphiphilic Liquid Crystalline Polymer Micelles That Exhibit a Phase Transition at Body Temperature (体温で相転移する両親媒性液晶高分子ミセル)
著者名: 井上泰彰、高田一仁、河村暁文、宮田隆志(関西大学化学生命工学部)
雑誌名: ACS Applied Materials & Interfaces, 14, 31513-31524 (2022). DOI: 10.1021/acsami.2c00592 公表日: 2022年6月29日(水)(オンライン公開)

※本研究は、日本学術振興会 科学研究費補助金 基盤研究(B)(No. JP20H04539)、新学術領域研究「水圏機能材料」(No. JP20H05236)、キヤノン財団研究助成プログラム「新産業を生む科学技術」による支援を受けて実施されました。

※本研究成果は、2022年7月20日(水)に発行された米国科学誌「ACS Applied Materials & Interfaces」に掲載されると共に、掲載号のSupplementary Cover Artにも選出されました。

 
【本件に関するお問い合わせ先】
化学生命工学部教授 宮田 隆志
T E L  :06-6368-0949 
E-mail:tmiyata@kansai-u.ac.jp

 
▼本件の詳細▼ 関西大学プレスリリースhttps://www.kansai-u.ac.jp/ja/assets/pdf/about/pr/press_release/2022/No23.pdf       

    

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