国内医療ビッグデータを用いた解析により実臨床における糖尿病薬DPP-4阻害薬の安全性を確認
[22/10/26]
提供元:共同通信PRワイヤー
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国立大学法人東海国立大学機構 岐阜大学
国内医療ビッグデータを用いた解析により実臨床における 糖尿病薬DPP-4阻害薬の安全性を確認
【本研究のポイント】
・わが国で糖尿病治療薬の処方を受ける人の6割以上に使用されるDPP-4(ディー・ピー・ピー・フォー)阻害薬 注1)は、臨床開発治験や市販後調査により十分な安全性、有効性が確認されてきました。
・しかし、実験動物を用いた一部の研究結果から、DPP-4阻害薬による膵癌 注2)の発症リスク上昇を危惧する声がありました。多数の患者を長期間観察する必要性から膵癌の発症リスクに対するDPP-4阻害薬の安全性を明確化しうる研究が待たれていました。
・本研究では、国内の医療ビッグデータ(健康保険組合に所属する加入者が医療機関を受診した際に発行される全レセプト、健康診断結果)を用いて、 DPP-4 阻害薬が他の経口糖尿病薬と比較して、膵癌の発症リスクを上昇させないことを明らかにしました。
【研究概要】
岐阜大学大学院医学系研究科教授・関西電力医学研究所副所長の矢部大介らのグループは、国内の医療ビッグデータを用いて、DPP-4阻害薬の使用が他の経口糖尿病薬と比較して、膵癌の発症リスクを上昇させないことを明らかにしました。わが国で糖尿病治療薬の処方を受ける人の6割以上に使用されるDPP-4阻害薬は、臨床開発治験や市販後調査により十分な安全性、有効性が確認されてきました。しかし、実験動物を用いた一部の研究結果から、DPP-4阻害薬の使用が膵癌の発症リスク上昇を危惧する声がありました。世界規模で行われたDPP-4阻害薬の臨床研究の多くで、DPP-4阻害薬による膵癌の発症リスク上昇は認められていません。しかし、膵癌に対する安全性を証明するには多数の患者を長期間観察する必要があり、これまでに行われてきた臨床研究では不十分とされてきました。
今回の診療上得られる医療データを用いた検討は、リアルワールドエビデンス研究 注3)と呼ばれ、様々な背景を有する多数例を対象として、薬剤や医療行為の影響を長期に観察することができるため、比較的頻度の少ない副作用の検出にも有用とされています。本研究では、DPP-4阻害薬がわが国で使用できるようになった2009年12月から、研究開始時に入手可能であった2019年6月までの期間において、DPP-4阻害薬を新たに開始した61,430人とDPP-4阻害薬以外の経口糖尿病薬を開始した83,204人において、アルコール多飲や慢性膵炎など膵癌の発症リスクとなる状態を補正したうえで、膵癌発症リスクを比較検討しました。いくつかのリアルワールドエビデンス研究の限界点も考慮すべきですが、諸外国に比してDPP-4阻害薬を使用する糖尿病のある人が圧倒的に多いわが国において、DPP-4阻害薬が他の経口糖尿病薬と比較して、膵癌の発症リスクを上昇させないことを明確化した本研究成果は意義深いものと考えます。
本研究成果は、日本時間2022年10月 日にJournal of Diabetes Investigation誌のオンライン版で発表されました。
【研究背景】
糖尿病の大半を占める2型糖尿病では、インスリンとよばれる物質が十分に分泌されない(インスリン分泌障害)、もしくは十分に作られていても働きが悪いため(インスリン作用障害)、血糖値が慢性的に高くなります。欧米白人の2型糖尿病では、肥満によるインスリン作用障害が主な特徴である一方、日本人を含む東アジア人の2型糖尿病では、インスリン分泌障害を主な特徴として、あまり太っていないのに2型糖尿病を発症します。このような2型糖尿病における人種差から、日本や東アジアの国々ではインスリン分泌障害を改善する治療薬が多く使われてきました。インスリン分泌を促進する治療薬として、従来、スルフォニル尿素薬(SU薬)やグリニド薬が頻用されていましたが、2009年に低血糖リスクの低いDPP-4阻害薬が使用可能になって以降、わが国で糖尿病治療薬を使用する人の6割以上にDPP-4阻害薬が使用されています。
DPP-4阻害薬の安全性や有効性については、臨床開発治験や市販後調査等により十分な安全性、有効性が確認されてきました。しかし、実験動物を用いた一部の研究結果から、DPP-4阻害薬による膵癌の発症リスク上昇を危惧する声がありました。膵癌は、複数の遺伝子変異が重なり多段階的に発生するため、最初の遺伝子変異から10年以上かかり進行癌となるともいわれています。このため、特定の治療薬の膵癌に対する安全性を証明するには、多数の症例を長期に観察する必要があります。従って、DPP-4阻害薬について行われてきた臨床開発治験や市販後調査等をもとに膵癌の発症リスクを十分に議論することができませんでした。
このような背景から、本研究では、国内の医療ビッグデータ(健康保険組合に所属する加入者が医療機関を受診した際に発行される全レセプト、健康診断結果)を用いて、DPP-4阻害薬と他の経口糖尿病薬を比較して、膵癌の発症リスクを検討しました。
【研究成果】
今回の検討では、わが国の2009年12月〜2019年6月の期間において、DPP-4阻害薬を新たに開始した61,430人とDPP-4阻害薬以外の経口糖尿病薬を開始した83,204人を比較しました。DPP-4阻害薬と他の経口糖尿病治療薬の比較において、膵癌の発症頻度や膵癌を発症するまでの期間について、有意な差を認めませんでした(図1)。膵癌のリスクとなる加齢や性別、膵疾患(膵管内乳糖粘液性腫瘍や慢性膵炎、膵嚢胞)、アルコール多飲を考慮しても、 DPP-4阻害薬の使用による膵癌の発症リスク上昇は認めませんでした(表1)。
以上より、わが国の日常臨床で集積された医療ビッグデータからは、DPP-4阻害薬の使用が膵癌の発症リスクを上昇させるということはありませんでした。本研究成果は、わが国で糖尿病治療薬の処方をうける人の6割以上に用いられるDPP-4阻害薬の安全性を確信するうえで重要な知見といえると考えます。
【今後の展望】
本研究では、リアルワールドエビデンス研究として日常診療から得られる医療ビッグデータを活用して、糖尿病治療薬DPP-4阻害薬の使用により膵癌の発症リスクが上昇しないことを明らかにしました。このような研究手法は、DPP-4阻害薬以外の糖尿病治療薬はもちろん、他疾患の治療薬の安全性を評価することにも有効と考えられます。本研究では、レセプトや健診データをもとに解析を行いましたが、近年注目される個人の健康・医療・介護に関するデータを一元的に保存するPHR(Personal Health Record)が普及すれば、医療機関での採血検査や画像検査のデータはもちろん、自宅での血圧や血糖、体重などのデータ、食事や運動のデータも含め、AI等を用いたデータ駆動型研究を行うことで治療薬の安全性や有効性の確認のみならず、有効かつ安全に治療薬を用いる方法を明らかにすることも可能になると考えています。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202210218527-O6-L8HA4oX7】 図1 DPP-4阻害薬とその他の経口糖尿病薬で膵癌発症までの期間に差は認めなかった
DPP-4阻害薬を内服開始した患者とその他の経口糖尿病薬を内服開始した患者で入院治療を要する膵癌発症までの期間を検討しました。観察期間内にDPP-4阻害薬を新たに開始された方が61,430人、DPP-4阻害薬以外の経口糖尿病薬を開始された方が83,204人いましたが、膵癌発症までの期間に差を認めませんでした。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202210218527-O7-U60u7XFm】 表1 多因子解析においてDPP-4阻害薬内服による膵癌リスクの上昇は認めなかった
DPP-4阻害薬を内服開始か、その他の経口糖尿病薬を内服開始したかを含む、多くの因子で膵癌発症リスクを検討しました。年齢が上がることや、男性であること、もともと膵癌のリスク疾患として知られる膵管内乳糖粘液性腫瘍では、膵癌発症のリスク上昇を認めたものの、DPP-4阻害薬を内服開始による膵癌発症リスクの上昇は認めませんでした。DPP4i=DPP-4阻害薬、HR=ハザード比
【備考】
本研究は、公益社団法人 日本糖尿病協会学術委員会において、岐阜大学、関西電力医学研究所、株式会社JMDC等が中心になり実施されました。
【用語解説】
注1)DPP-4阻害薬
2型糖尿病治療薬のひとつ。食事に刺激され消化管から分泌されるインクレチンとよばれるホルモンが、DPP-4という酵素により分解されることを阻害します。インクレチンは、膵臓に作用してインスリンの分泌を促進して血糖値を低下させます。欧米白人の2型糖尿病は、肥満かつインスリン作用障害(筋肉や肝臓等においてインスリンが十分に働かない)を特徴とするのに対して、日本人を含む東アジア人の2型糖尿病は非肥満かつインスリン分泌障害(インスリンが十分に分泌されない)を主な特徴とするため、DPP-4阻害薬が奏功する場合が多いことが知られています。また、インクレチンは血糖値が高い時のみインスリンの分泌を促進するため、DPP-4阻害薬は低血糖リスクが低く、高齢者や合併症の進行した人においても使用しやすい糖尿病治療薬として、経口糖尿病薬を使用する糖尿病のある人の6割以上に使用されています。
注2)膵癌(すいがん)
膵臓にできるがんで、日本においても年々、診断される患者が増加しています。症状に乏しく、進行してから発見されることが多いため、5年生存率は8.5%と他のがんと比べると低いです。原因は十分にわかっていませんが、血縁者に膵癌と診断された人のいる人、喫煙やアルコール多飲、肥満や糖尿病、慢性膵炎などがあると膵癌を生じやすいことが知られています。
注3)リアルワールドエビデンス研究
「日本再興戦略」(平成25年6月14日閣議決定)において、「全ての健康保険組合に対し、レセプト等のデータの分析、それに基づく加入者の健康保持増進のための事業計画として「データヘルス計画」の作成・公表、事業実施、評価等の取組を求める」ことを掲げました。このような背景から国内でも医療ビッグデータを用いた医薬品等の日常診療における安全性や有効性等を大規模集団に対して検証することが可能になり、リアルワールドエビデンス研究としてよばれています。
2型糖尿病に対する新規治療薬の安全性や有効性等を検証するために従来から行われているランダム化比較試験では、年齢や合併症・併存症、併用薬などの条件を満たす一定数の方を、効果を確かめたい治療薬(実薬)を投与するグループと偽薬(形状等は実薬と同じですが、実薬の成分を含まないもの)を投与するグループにランダムに割り付け、実薬もしくは偽薬を数ヶ月〜1年程度使用した際の安全性や有効性を比較します。質の高い研究手法ですが、観察する人数や期間が限られるため、頻度の低い副作用などが見逃される可能性があります。また、日常臨床では年齢や合併症・併存症、併用薬などの状態が多様なため、ランダム化比較試験からは予期せぬ副作用を生じる可能性もあります。
リアルワールドエビデンス研究は、ランダム化比較試験と異なり、年齢や合併症・併存症、併用薬などの状態が多様な方を多数、長期に観察することができます。もちろん、年齢などを踏まえて使用される治療薬が異なりうる点などを念頭に置く必要がありますが、ランダム化比較試験を補完するものとして、近年、注目されています。
【論文情報】
雑誌名:Journal of Diabetes Investigation
論文タイトル:Association of dipeptidyl peptidase-4 inhibitor use and risk of pancreatic cancer in individuals with diabetes in Japan
著者:Kubota S, Haraguchi T, Kuwata, H, Seino Y, Murotani K, Tajima T, Terashima, G, Kaneko, M, Takahashi Y, Takao K, Kato T, Shide, K, Imai S, Suzuki A, Terauchi Y, Yamada Y, Seino Y, Yabe D
DOI: 10.1111/JDI.13921
【研究者プロフィール】
責任著者
矢部 大介 (やべ だいすけ)
岐阜大学大学院医学系研究科 糖尿病・内分泌代謝内科学/膠原病・免疫内科学 教授
岐阜大学医学部附属病院 副病院長、糖尿病代謝内科/免疫・内分泌内科 科長
東海国立大学機構 医療健康データ統合研究教育拠点 副拠点長/教授
関西電力医学研究所 副所長
筆頭著者
窪田 創大(くぼた そうだい)
岐阜大学大学院医学系研究科 糖尿病・内分泌代謝内科学/膠原病・免疫内科学 大学院生
関西電力医学研究所 糖尿病研究センター 研究員
国内医療ビッグデータを用いた解析により実臨床における 糖尿病薬DPP-4阻害薬の安全性を確認
【本研究のポイント】
・わが国で糖尿病治療薬の処方を受ける人の6割以上に使用されるDPP-4(ディー・ピー・ピー・フォー)阻害薬 注1)は、臨床開発治験や市販後調査により十分な安全性、有効性が確認されてきました。
・しかし、実験動物を用いた一部の研究結果から、DPP-4阻害薬による膵癌 注2)の発症リスク上昇を危惧する声がありました。多数の患者を長期間観察する必要性から膵癌の発症リスクに対するDPP-4阻害薬の安全性を明確化しうる研究が待たれていました。
・本研究では、国内の医療ビッグデータ(健康保険組合に所属する加入者が医療機関を受診した際に発行される全レセプト、健康診断結果)を用いて、 DPP-4 阻害薬が他の経口糖尿病薬と比較して、膵癌の発症リスクを上昇させないことを明らかにしました。
【研究概要】
岐阜大学大学院医学系研究科教授・関西電力医学研究所副所長の矢部大介らのグループは、国内の医療ビッグデータを用いて、DPP-4阻害薬の使用が他の経口糖尿病薬と比較して、膵癌の発症リスクを上昇させないことを明らかにしました。わが国で糖尿病治療薬の処方を受ける人の6割以上に使用されるDPP-4阻害薬は、臨床開発治験や市販後調査により十分な安全性、有効性が確認されてきました。しかし、実験動物を用いた一部の研究結果から、DPP-4阻害薬の使用が膵癌の発症リスク上昇を危惧する声がありました。世界規模で行われたDPP-4阻害薬の臨床研究の多くで、DPP-4阻害薬による膵癌の発症リスク上昇は認められていません。しかし、膵癌に対する安全性を証明するには多数の患者を長期間観察する必要があり、これまでに行われてきた臨床研究では不十分とされてきました。
今回の診療上得られる医療データを用いた検討は、リアルワールドエビデンス研究 注3)と呼ばれ、様々な背景を有する多数例を対象として、薬剤や医療行為の影響を長期に観察することができるため、比較的頻度の少ない副作用の検出にも有用とされています。本研究では、DPP-4阻害薬がわが国で使用できるようになった2009年12月から、研究開始時に入手可能であった2019年6月までの期間において、DPP-4阻害薬を新たに開始した61,430人とDPP-4阻害薬以外の経口糖尿病薬を開始した83,204人において、アルコール多飲や慢性膵炎など膵癌の発症リスクとなる状態を補正したうえで、膵癌発症リスクを比較検討しました。いくつかのリアルワールドエビデンス研究の限界点も考慮すべきですが、諸外国に比してDPP-4阻害薬を使用する糖尿病のある人が圧倒的に多いわが国において、DPP-4阻害薬が他の経口糖尿病薬と比較して、膵癌の発症リスクを上昇させないことを明確化した本研究成果は意義深いものと考えます。
本研究成果は、日本時間2022年10月 日にJournal of Diabetes Investigation誌のオンライン版で発表されました。
【研究背景】
糖尿病の大半を占める2型糖尿病では、インスリンとよばれる物質が十分に分泌されない(インスリン分泌障害)、もしくは十分に作られていても働きが悪いため(インスリン作用障害)、血糖値が慢性的に高くなります。欧米白人の2型糖尿病では、肥満によるインスリン作用障害が主な特徴である一方、日本人を含む東アジア人の2型糖尿病では、インスリン分泌障害を主な特徴として、あまり太っていないのに2型糖尿病を発症します。このような2型糖尿病における人種差から、日本や東アジアの国々ではインスリン分泌障害を改善する治療薬が多く使われてきました。インスリン分泌を促進する治療薬として、従来、スルフォニル尿素薬(SU薬)やグリニド薬が頻用されていましたが、2009年に低血糖リスクの低いDPP-4阻害薬が使用可能になって以降、わが国で糖尿病治療薬を使用する人の6割以上にDPP-4阻害薬が使用されています。
DPP-4阻害薬の安全性や有効性については、臨床開発治験や市販後調査等により十分な安全性、有効性が確認されてきました。しかし、実験動物を用いた一部の研究結果から、DPP-4阻害薬による膵癌の発症リスク上昇を危惧する声がありました。膵癌は、複数の遺伝子変異が重なり多段階的に発生するため、最初の遺伝子変異から10年以上かかり進行癌となるともいわれています。このため、特定の治療薬の膵癌に対する安全性を証明するには、多数の症例を長期に観察する必要があります。従って、DPP-4阻害薬について行われてきた臨床開発治験や市販後調査等をもとに膵癌の発症リスクを十分に議論することができませんでした。
このような背景から、本研究では、国内の医療ビッグデータ(健康保険組合に所属する加入者が医療機関を受診した際に発行される全レセプト、健康診断結果)を用いて、DPP-4阻害薬と他の経口糖尿病薬を比較して、膵癌の発症リスクを検討しました。
【研究成果】
今回の検討では、わが国の2009年12月〜2019年6月の期間において、DPP-4阻害薬を新たに開始した61,430人とDPP-4阻害薬以外の経口糖尿病薬を開始した83,204人を比較しました。DPP-4阻害薬と他の経口糖尿病治療薬の比較において、膵癌の発症頻度や膵癌を発症するまでの期間について、有意な差を認めませんでした(図1)。膵癌のリスクとなる加齢や性別、膵疾患(膵管内乳糖粘液性腫瘍や慢性膵炎、膵嚢胞)、アルコール多飲を考慮しても、 DPP-4阻害薬の使用による膵癌の発症リスク上昇は認めませんでした(表1)。
以上より、わが国の日常臨床で集積された医療ビッグデータからは、DPP-4阻害薬の使用が膵癌の発症リスクを上昇させるということはありませんでした。本研究成果は、わが国で糖尿病治療薬の処方をうける人の6割以上に用いられるDPP-4阻害薬の安全性を確信するうえで重要な知見といえると考えます。
【今後の展望】
本研究では、リアルワールドエビデンス研究として日常診療から得られる医療ビッグデータを活用して、糖尿病治療薬DPP-4阻害薬の使用により膵癌の発症リスクが上昇しないことを明らかにしました。このような研究手法は、DPP-4阻害薬以外の糖尿病治療薬はもちろん、他疾患の治療薬の安全性を評価することにも有効と考えられます。本研究では、レセプトや健診データをもとに解析を行いましたが、近年注目される個人の健康・医療・介護に関するデータを一元的に保存するPHR(Personal Health Record)が普及すれば、医療機関での採血検査や画像検査のデータはもちろん、自宅での血圧や血糖、体重などのデータ、食事や運動のデータも含め、AI等を用いたデータ駆動型研究を行うことで治療薬の安全性や有効性の確認のみならず、有効かつ安全に治療薬を用いる方法を明らかにすることも可能になると考えています。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202210218527-O6-L8HA4oX7】 図1 DPP-4阻害薬とその他の経口糖尿病薬で膵癌発症までの期間に差は認めなかった
DPP-4阻害薬を内服開始した患者とその他の経口糖尿病薬を内服開始した患者で入院治療を要する膵癌発症までの期間を検討しました。観察期間内にDPP-4阻害薬を新たに開始された方が61,430人、DPP-4阻害薬以外の経口糖尿病薬を開始された方が83,204人いましたが、膵癌発症までの期間に差を認めませんでした。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202210218527-O7-U60u7XFm】 表1 多因子解析においてDPP-4阻害薬内服による膵癌リスクの上昇は認めなかった
DPP-4阻害薬を内服開始か、その他の経口糖尿病薬を内服開始したかを含む、多くの因子で膵癌発症リスクを検討しました。年齢が上がることや、男性であること、もともと膵癌のリスク疾患として知られる膵管内乳糖粘液性腫瘍では、膵癌発症のリスク上昇を認めたものの、DPP-4阻害薬を内服開始による膵癌発症リスクの上昇は認めませんでした。DPP4i=DPP-4阻害薬、HR=ハザード比
【備考】
本研究は、公益社団法人 日本糖尿病協会学術委員会において、岐阜大学、関西電力医学研究所、株式会社JMDC等が中心になり実施されました。
【用語解説】
注1)DPP-4阻害薬
2型糖尿病治療薬のひとつ。食事に刺激され消化管から分泌されるインクレチンとよばれるホルモンが、DPP-4という酵素により分解されることを阻害します。インクレチンは、膵臓に作用してインスリンの分泌を促進して血糖値を低下させます。欧米白人の2型糖尿病は、肥満かつインスリン作用障害(筋肉や肝臓等においてインスリンが十分に働かない)を特徴とするのに対して、日本人を含む東アジア人の2型糖尿病は非肥満かつインスリン分泌障害(インスリンが十分に分泌されない)を主な特徴とするため、DPP-4阻害薬が奏功する場合が多いことが知られています。また、インクレチンは血糖値が高い時のみインスリンの分泌を促進するため、DPP-4阻害薬は低血糖リスクが低く、高齢者や合併症の進行した人においても使用しやすい糖尿病治療薬として、経口糖尿病薬を使用する糖尿病のある人の6割以上に使用されています。
注2)膵癌(すいがん)
膵臓にできるがんで、日本においても年々、診断される患者が増加しています。症状に乏しく、進行してから発見されることが多いため、5年生存率は8.5%と他のがんと比べると低いです。原因は十分にわかっていませんが、血縁者に膵癌と診断された人のいる人、喫煙やアルコール多飲、肥満や糖尿病、慢性膵炎などがあると膵癌を生じやすいことが知られています。
注3)リアルワールドエビデンス研究
「日本再興戦略」(平成25年6月14日閣議決定)において、「全ての健康保険組合に対し、レセプト等のデータの分析、それに基づく加入者の健康保持増進のための事業計画として「データヘルス計画」の作成・公表、事業実施、評価等の取組を求める」ことを掲げました。このような背景から国内でも医療ビッグデータを用いた医薬品等の日常診療における安全性や有効性等を大規模集団に対して検証することが可能になり、リアルワールドエビデンス研究としてよばれています。
2型糖尿病に対する新規治療薬の安全性や有効性等を検証するために従来から行われているランダム化比較試験では、年齢や合併症・併存症、併用薬などの条件を満たす一定数の方を、効果を確かめたい治療薬(実薬)を投与するグループと偽薬(形状等は実薬と同じですが、実薬の成分を含まないもの)を投与するグループにランダムに割り付け、実薬もしくは偽薬を数ヶ月〜1年程度使用した際の安全性や有効性を比較します。質の高い研究手法ですが、観察する人数や期間が限られるため、頻度の低い副作用などが見逃される可能性があります。また、日常臨床では年齢や合併症・併存症、併用薬などの状態が多様なため、ランダム化比較試験からは予期せぬ副作用を生じる可能性もあります。
リアルワールドエビデンス研究は、ランダム化比較試験と異なり、年齢や合併症・併存症、併用薬などの状態が多様な方を多数、長期に観察することができます。もちろん、年齢などを踏まえて使用される治療薬が異なりうる点などを念頭に置く必要がありますが、ランダム化比較試験を補完するものとして、近年、注目されています。
【論文情報】
雑誌名:Journal of Diabetes Investigation
論文タイトル:Association of dipeptidyl peptidase-4 inhibitor use and risk of pancreatic cancer in individuals with diabetes in Japan
著者:Kubota S, Haraguchi T, Kuwata, H, Seino Y, Murotani K, Tajima T, Terashima, G, Kaneko, M, Takahashi Y, Takao K, Kato T, Shide, K, Imai S, Suzuki A, Terauchi Y, Yamada Y, Seino Y, Yabe D
DOI: 10.1111/JDI.13921
【研究者プロフィール】
責任著者
矢部 大介 (やべ だいすけ)
岐阜大学大学院医学系研究科 糖尿病・内分泌代謝内科学/膠原病・免疫内科学 教授
岐阜大学医学部附属病院 副病院長、糖尿病代謝内科/免疫・内分泌内科 科長
東海国立大学機構 医療健康データ統合研究教育拠点 副拠点長/教授
関西電力医学研究所 副所長
筆頭著者
窪田 創大(くぼた そうだい)
岐阜大学大学院医学系研究科 糖尿病・内分泌代謝内科学/膠原病・免疫内科学 大学院生
関西電力医学研究所 糖尿病研究センター 研究員