植物の効率的な窒素栄養獲得戦略における新発見
[23/08/22]
提供元:共同通信PRワイヤー
提供元:共同通信PRワイヤー
〜リン酸やカリウム欠乏応答を担う遺伝子が植物の硝酸応答も制御する〜
2023年8月22日
国立大学法人東海国立大学機構 岐阜大学
植物の効率的な窒素栄養獲得戦略における新発見 〜リン酸やカリウム欠乏応答を担う遺伝子が植物の硝酸応答も制御する〜
【本研究のポイント】
・硝酸態窒素1)は作物の収量や品質を決定する最も重要な栄養源ですが、窒素肥料製造には莫大なエネルギーを使用するため、窒素利用効率が高い作物を育成することは、農業の脱炭素化を進めるために重要です。
・植物は窒素が高い土壌領域で側根を発達させ、窒素が少ない領域では側根を発達させない仕組みを持ちます。これは、自らの持つ限られた成長リソースを効率的に利用して、土壌中に不均一に存在する硝酸を吸収するメカニズムです。
・本研究では、硝酸濃度の低い土壌領域で根の発達抑制を担う新規の制御経路を発見しました。転写因子2)であるSTOP1は、別の転写因子TCP20と協調的に硝酸とオーキシンを輸送するNRT1.1という輸送タンパク質の発現を制御することを同定しました。NRT1.1の低硝酸土壌領域でのオーキシン輸送が側根発達抑制を管理することが報告されており、両者(STOP1とTCP20) の機能欠損により低硝酸領域でも側根を形成し、適切な根系構造の管理ができなくなることを見出しました(図)。
・発見した制御経路の主役である転写因子STOP1は、岐阜大学小山教授研究グループが2007年に酸性土壌耐性発現を制御する遺伝子として同定し、その後、リン酸やカリウム欠乏応答に関わることが岐阜大学と海外の研究により報告されています 3)。そのため、今回の発見により、肥料三要素(窒素、リン酸、カリウム)の全ての応答に STOP1が関与することが示され、これを標的とした改良研究が持続可能な農業の確立に貢献することが期待されます。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202308218260-O5-rmcP9140】
図. 転写因子STOP1とTCP20が制御する植物の硝酸依存的な根系構造改変の分子メカニズム
【研究概要】
本研究は、筆頭著者である時澤睦朋博士研究員(岐阜大学連合農学研究科出身)が中心となり、東海国立大学機構 岐阜大学応用生物科学部小山博之教授の研究グループ(榎本拓央博士研究員、小林佑理子准教授、山本義治教授)と、カナダ サスカチュワン大学 Global Institute for food securityのLeon Kochian教授の研究グループ(時澤睦朋博士研究員、Rahul Chandnani博士研究員、Javier Mora-Maci?as博士研究員、 Connor Burbridge修士課程学生、Alma Armenta-Medina博士研究員)との国際共同研究により実施したものです。両グループは共同して解析を進め、硝酸濃度に依存して側根の形成を制御することによる可塑的な根系構造変化の分子メカニズムを解明しました。このメカニズムは、植物が土壌中に不均一に分布する硝酸を効率的に獲得するために、周辺土壌の硝酸分布に根系を最適化させる応答です。硝酸は作物が土壌から吸収する主要な窒素源で、作物の収量や品質を決定します。そのため、作物の窒素利用効率を高める作物育種研究に応用されることが期待されます。さらに、同定した経路を制御する遺伝子STOP1は、これまでに植物のリン酸やカリウム欠乏応答を制御することが報告されており、同一遺伝子が植物の三大栄養源である窒素、リン酸、カリウムの応答全てに関与していることが示されました。
本研究成果は、日本時間2023年8月22日以降にProceedings of the National Academy of Sciences誌のオンライン版で順次発表されます。
【研究背景】
窒素は、リン酸、カリウムと共に肥料の三要素と呼ばれ、植物の生育に必須な栄養素です。その中でも窒素は植物の要求量が多く、作物の収量や品質に極めて大きく影響するため、窒素肥料は大量に生産・消費されています。全世界のエネルギーの約1-2%はその生産に消費され、脱炭素社会実現に向けた障壁の一つになっています。さらに、世界人口の増加に伴い、今後ますます多くの窒素肥料が生産・消費されることが予測されます。一方、土壌に施肥された窒素肥料の半分以上は作物に吸収されず、環境汚染(水質汚染や温室効果ガスの一つであるN2Oの大気への排出増大)の原因となっています。そのため、作物の窒素獲得効率を高めることができれば、作物生産性の向上のみならず、環境への負荷も軽減させることができます。本研究は、植物が進化の過程で取得した効率的な硝酸態窒素獲得戦略の解明を試みました。
【研究成果と今後の展開】
硝酸は土壌中に不均一に分布しています。植物は、硝酸濃度の低い土壌領域では側根の生育を抑制し、より高い領域で側根の発達を促進します。この応答は、植物が自らの限りあるリソースを用いて、硝酸濃度の高い領域で集中して硝酸を吸収することに貢献します。低硝酸領域での側根発達の抑制は、硝酸吸収を担う硝酸輸送体NRT1.1が中心的な役割を果たしていることが報告されています。NRT1.1は、硝酸が充分に存在する土壌領域では硝酸を輸送します。一方、硝酸欠乏領域では根の生育活性に関わる植物ホルモンであるオーキシンを側根形成の“場”である側根原基から運び出し、側根の形成と発達を抑制します(図)。しかし、低硝酸条件下における側根原基での NRT1.1 の遺伝子発現がどのように制御されているかは、これまで未解明でした。本研究は、シロイヌナズナの転写因子STOP1の機能欠損変異体が、低硝酸条件下において側根形成抑制が阻害されることを同定しました。詳細な解析の結果、 STOP1は低硝酸領域に生育する根の側根原基の核(DNAが格納される細胞小器官で転写産物合成の場)に集積し、 NRT1.1 のプロモーター領域 2)に直接結合することでその転写を活性化していました。また、これまでに報告されていた NRT1.1 の転写に関わる転写因子TCP20と相互作用し、STOP1-TCP20で協調的に低硝酸条件下での NRT1.1 の遺伝子発現を制御していました。そのため、STOP1とTCP20の両者の機能を欠損させた stop1tcp20 機能欠損変異植物体は、硝酸欠乏領域における側根形成の抑制がほぼ完全に失われます(図)。
最近の研究では、転写因子STOP1は異なる相互作用因子と下流制御遺伝子群により、リン酸欠乏時の根系構造変化やカリウム欠乏時のカリウム吸収促進に関わることが報告されています。そのため、STOP1は、窒素、リン酸、カリウムという主要栄養要素の全ての応答に貢献しています。これは、転写因子STOP1が中心となり、土壌中に複雑に分布する土壌主要栄養源をバランス良く効率的に獲得する制御があることを示唆しています。そのため、STOP1に着目して作物の分子育種研究を発展させることで、効率的に土壌中の主要栄養源を獲得できる作物の作出が期待されます。これは、作物生産量の向上や投入する肥料の削減など、持続的社会実現に貢献します。
【用語解説】
1) 硝酸態窒素:植物は栄養分として窒素を直接吸収することはできません。土壌中に含まれる窒素は、微生物による分解や変化の過程を経て次第に酸化し、硝酸態窒素などになります。この硝酸態窒素は、作物を含むほとんどの作物の主要な窒素源です。
2)転写因子とプロモーター:生物の遺伝子の転写制御(タンパク質合成の鋳型となるmRNAの合成)は、転写因子と呼ばれるDNA結合タンパク質がプロモーター領域と呼ばれるゲノム領域に結合することで、遺伝子のm RNAの合成量やタイミングが決定される。
3)2019年に、岐阜大学小山博之研究グループは、STOP1転写因子が高親和性カリウムトランスポーターAKT1やHAK5の活性化を行うCIPK23の転写を直接的に活性化することで、カリウム欠乏耐性に必須であることを報告しています。また、2017年に本研究論文の共同著者であるJavier Mora-Maci?as博士研究員らは、STOP1が転写活性化するリンゴ酸トランスポーターALMT1を介して、リン酸欠乏とそれにより誘導される鉄過剰による根系構造の改変を制御していることを報告しています。
【論文情報】
雑誌名:Proceedings of the National Academy of Sciences
論文タイトル:The transcription factors, STOP1 and TCP20, are required for root system architecture alterations in response to nitrate deficiency
著者:時澤睦朋+[a]、榎本拓央+[b]、Rahul Chandnani[a, c], Javier Mora-Maci?as[a], Connor Burbridge[a], Alma Armenta-Medina[a], 小林佑理子[b], 山本義治[b, d], 小山博之*[b], Leon V. Kochian*[a]( +:筆頭著者、*:責任著者)
[a] Global Institute for food security
[b] 岐阜大学応用生物科学部
[c] NRgene Canada Inc.
[d] 理化学研究所 環境資源科学研究センター
DOI: 10.1073/pnas.2300446120
2023年8月22日
国立大学法人東海国立大学機構 岐阜大学
植物の効率的な窒素栄養獲得戦略における新発見 〜リン酸やカリウム欠乏応答を担う遺伝子が植物の硝酸応答も制御する〜
【本研究のポイント】
・硝酸態窒素1)は作物の収量や品質を決定する最も重要な栄養源ですが、窒素肥料製造には莫大なエネルギーを使用するため、窒素利用効率が高い作物を育成することは、農業の脱炭素化を進めるために重要です。
・植物は窒素が高い土壌領域で側根を発達させ、窒素が少ない領域では側根を発達させない仕組みを持ちます。これは、自らの持つ限られた成長リソースを効率的に利用して、土壌中に不均一に存在する硝酸を吸収するメカニズムです。
・本研究では、硝酸濃度の低い土壌領域で根の発達抑制を担う新規の制御経路を発見しました。転写因子2)であるSTOP1は、別の転写因子TCP20と協調的に硝酸とオーキシンを輸送するNRT1.1という輸送タンパク質の発現を制御することを同定しました。NRT1.1の低硝酸土壌領域でのオーキシン輸送が側根発達抑制を管理することが報告されており、両者(STOP1とTCP20) の機能欠損により低硝酸領域でも側根を形成し、適切な根系構造の管理ができなくなることを見出しました(図)。
・発見した制御経路の主役である転写因子STOP1は、岐阜大学小山教授研究グループが2007年に酸性土壌耐性発現を制御する遺伝子として同定し、その後、リン酸やカリウム欠乏応答に関わることが岐阜大学と海外の研究により報告されています 3)。そのため、今回の発見により、肥料三要素(窒素、リン酸、カリウム)の全ての応答に STOP1が関与することが示され、これを標的とした改良研究が持続可能な農業の確立に貢献することが期待されます。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202308218260-O5-rmcP9140】
図. 転写因子STOP1とTCP20が制御する植物の硝酸依存的な根系構造改変の分子メカニズム
【研究概要】
本研究は、筆頭著者である時澤睦朋博士研究員(岐阜大学連合農学研究科出身)が中心となり、東海国立大学機構 岐阜大学応用生物科学部小山博之教授の研究グループ(榎本拓央博士研究員、小林佑理子准教授、山本義治教授)と、カナダ サスカチュワン大学 Global Institute for food securityのLeon Kochian教授の研究グループ(時澤睦朋博士研究員、Rahul Chandnani博士研究員、Javier Mora-Maci?as博士研究員、 Connor Burbridge修士課程学生、Alma Armenta-Medina博士研究員)との国際共同研究により実施したものです。両グループは共同して解析を進め、硝酸濃度に依存して側根の形成を制御することによる可塑的な根系構造変化の分子メカニズムを解明しました。このメカニズムは、植物が土壌中に不均一に分布する硝酸を効率的に獲得するために、周辺土壌の硝酸分布に根系を最適化させる応答です。硝酸は作物が土壌から吸収する主要な窒素源で、作物の収量や品質を決定します。そのため、作物の窒素利用効率を高める作物育種研究に応用されることが期待されます。さらに、同定した経路を制御する遺伝子STOP1は、これまでに植物のリン酸やカリウム欠乏応答を制御することが報告されており、同一遺伝子が植物の三大栄養源である窒素、リン酸、カリウムの応答全てに関与していることが示されました。
本研究成果は、日本時間2023年8月22日以降にProceedings of the National Academy of Sciences誌のオンライン版で順次発表されます。
【研究背景】
窒素は、リン酸、カリウムと共に肥料の三要素と呼ばれ、植物の生育に必須な栄養素です。その中でも窒素は植物の要求量が多く、作物の収量や品質に極めて大きく影響するため、窒素肥料は大量に生産・消費されています。全世界のエネルギーの約1-2%はその生産に消費され、脱炭素社会実現に向けた障壁の一つになっています。さらに、世界人口の増加に伴い、今後ますます多くの窒素肥料が生産・消費されることが予測されます。一方、土壌に施肥された窒素肥料の半分以上は作物に吸収されず、環境汚染(水質汚染や温室効果ガスの一つであるN2Oの大気への排出増大)の原因となっています。そのため、作物の窒素獲得効率を高めることができれば、作物生産性の向上のみならず、環境への負荷も軽減させることができます。本研究は、植物が進化の過程で取得した効率的な硝酸態窒素獲得戦略の解明を試みました。
【研究成果と今後の展開】
硝酸は土壌中に不均一に分布しています。植物は、硝酸濃度の低い土壌領域では側根の生育を抑制し、より高い領域で側根の発達を促進します。この応答は、植物が自らの限りあるリソースを用いて、硝酸濃度の高い領域で集中して硝酸を吸収することに貢献します。低硝酸領域での側根発達の抑制は、硝酸吸収を担う硝酸輸送体NRT1.1が中心的な役割を果たしていることが報告されています。NRT1.1は、硝酸が充分に存在する土壌領域では硝酸を輸送します。一方、硝酸欠乏領域では根の生育活性に関わる植物ホルモンであるオーキシンを側根形成の“場”である側根原基から運び出し、側根の形成と発達を抑制します(図)。しかし、低硝酸条件下における側根原基での NRT1.1 の遺伝子発現がどのように制御されているかは、これまで未解明でした。本研究は、シロイヌナズナの転写因子STOP1の機能欠損変異体が、低硝酸条件下において側根形成抑制が阻害されることを同定しました。詳細な解析の結果、 STOP1は低硝酸領域に生育する根の側根原基の核(DNAが格納される細胞小器官で転写産物合成の場)に集積し、 NRT1.1 のプロモーター領域 2)に直接結合することでその転写を活性化していました。また、これまでに報告されていた NRT1.1 の転写に関わる転写因子TCP20と相互作用し、STOP1-TCP20で協調的に低硝酸条件下での NRT1.1 の遺伝子発現を制御していました。そのため、STOP1とTCP20の両者の機能を欠損させた stop1tcp20 機能欠損変異植物体は、硝酸欠乏領域における側根形成の抑制がほぼ完全に失われます(図)。
最近の研究では、転写因子STOP1は異なる相互作用因子と下流制御遺伝子群により、リン酸欠乏時の根系構造変化やカリウム欠乏時のカリウム吸収促進に関わることが報告されています。そのため、STOP1は、窒素、リン酸、カリウムという主要栄養要素の全ての応答に貢献しています。これは、転写因子STOP1が中心となり、土壌中に複雑に分布する土壌主要栄養源をバランス良く効率的に獲得する制御があることを示唆しています。そのため、STOP1に着目して作物の分子育種研究を発展させることで、効率的に土壌中の主要栄養源を獲得できる作物の作出が期待されます。これは、作物生産量の向上や投入する肥料の削減など、持続的社会実現に貢献します。
【用語解説】
1) 硝酸態窒素:植物は栄養分として窒素を直接吸収することはできません。土壌中に含まれる窒素は、微生物による分解や変化の過程を経て次第に酸化し、硝酸態窒素などになります。この硝酸態窒素は、作物を含むほとんどの作物の主要な窒素源です。
2)転写因子とプロモーター:生物の遺伝子の転写制御(タンパク質合成の鋳型となるmRNAの合成)は、転写因子と呼ばれるDNA結合タンパク質がプロモーター領域と呼ばれるゲノム領域に結合することで、遺伝子のm RNAの合成量やタイミングが決定される。
3)2019年に、岐阜大学小山博之研究グループは、STOP1転写因子が高親和性カリウムトランスポーターAKT1やHAK5の活性化を行うCIPK23の転写を直接的に活性化することで、カリウム欠乏耐性に必須であることを報告しています。また、2017年に本研究論文の共同著者であるJavier Mora-Maci?as博士研究員らは、STOP1が転写活性化するリンゴ酸トランスポーターALMT1を介して、リン酸欠乏とそれにより誘導される鉄過剰による根系構造の改変を制御していることを報告しています。
【論文情報】
雑誌名:Proceedings of the National Academy of Sciences
論文タイトル:The transcription factors, STOP1 and TCP20, are required for root system architecture alterations in response to nitrate deficiency
著者:時澤睦朋+[a]、榎本拓央+[b]、Rahul Chandnani[a, c], Javier Mora-Maci?as[a], Connor Burbridge[a], Alma Armenta-Medina[a], 小林佑理子[b], 山本義治[b, d], 小山博之*[b], Leon V. Kochian*[a]( +:筆頭著者、*:責任著者)
[a] Global Institute for food security
[b] 岐阜大学応用生物科学部
[c] NRgene Canada Inc.
[d] 理化学研究所 環境資源科学研究センター
DOI: 10.1073/pnas.2300446120