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骨格筋の量と質を制御する新たなカギ因子を発見

1.概要
 骨格筋は、収縮して身体を支え、動かす以外にも、糖を消費して全身の代謝を調節したり、ホルモンを分泌して全身の臓器を調節したりするなど、多様な働きを担います。骨格筋の量と質を高く保つことは病気に罹患するリスクを下げ、健康の維持に寄与することから、そのメカニズムの解明が求められています。
 東京都立大学大学院人間健康科学研究科の古市泰郎助教と古谷綾菜(大学院生)、田村晃太郎(大学院修了)、眞鍋康子准教授、藤井宣晴教授らのグループは、骨格筋の量と質を制御する新規遺伝子としてMusashi(Msi;ムサシ)に注目しました。Msiはもともと神経に存在することが最初に発見されたRNA結合タンパク質(注1)で、特定の遺伝子の発現を調節する細胞の運命決定因子として知られていましたが、骨格筋での働きは不明でした。哺乳類には2つのMsi(Msi1とMsi2)が存在しますが、骨格筋ではMsi2が、特にヒラメ筋という持久力の高いタイプの筋に強く発現していました。そこでMsi2遺伝子を欠損したマウスを解析したところ、通常は赤色の骨格筋が白色に変色し、筋線維(注2)は萎縮していました。筋線維には、代謝能力が高くて疲労しにくい遅筋線維(別名Type 1線維)と、瞬発力に優れるものの疲労しやすい速筋線維(別名Type 2線維)が存在し、速筋線維はさらに、遅筋線維に性質が近いものから、Type 2A、2X、2Bに分類されます。 Msi2欠損マウスでは、Type 2A線維という瞬発力と代謝能力を兼ね備えたハイブリッドタイプの筋線維が減少し、全身の糖代謝不全や筋力低下が生じることが明らかとなりました。Type 2A線維はトレーニングや加齢によって増減する筋線維であるため、Msi2がType 2A線維の制御因子であるという発見は、骨格筋が環境や刺激によって適応する機序の理解につながります。今後、Msi2を中心として筋の量と質が変化するメカニズムが明らかになれば、効果的な運動トレーニングプログラムの確立や筋萎縮の治療薬の開発につながると期待されます。
 本研究成果は2023年8月23日(水)に米国実験生物学会連合が発行する国際科学誌The FASEB Journalのオンライン版に掲載されました。

 
2.ポイント
・骨格筋において、Musashi-2(Msi2)遺伝子は、代謝能力と持久力の高いタイプの筋で強く発現している。
・Msi2を欠損したマウスは、赤い骨格筋が白く変色し、筋萎縮と筋力低下が生じた。
・筋線維のタイプを調べると、Msi2欠損マウスでは速筋でありながら代謝能力の高いType 2A線維が減少しており、全身の糖代謝不全が生じた。
・Msi2が骨格筋の量と質を制御するという発見は、トレーニング方法の確立や筋萎縮治療薬の開発につながる。

 
3.研究の背景
 骨格筋は、トレーニングを行うと肥大して疲労しにくくなり、逆に加齢や不活動によって萎縮すると代謝能力が低下します。つまり骨格筋は、外部からの刺激や環境によって形や性質をダイナミックに変化させられる可塑性に優れた臓器だと言えます。高齢になっても骨格筋の量と質を維持することは、活動的な日常生活を送る上で重要ですが、それに加えて様々な疾患に罹患するリスクも軽減させることがわかってきました。したがって、骨格筋の量と質の制御機構が解明できれば、人々の健康寿命を延伸させることにつながります。
 骨格筋は筋線維とよばれる長細い糸状の細胞が束になって構成されています。筋線維の種類は一様ではなく、Type 1線維とType 2線維に分けられます。Type 1線維は遅筋線維とも呼ばれ、収縮速度は遅くとも代謝能力が高くて疲労しにくい、いわばマラソン型の持久力の高い細胞です。Type 2線維は速筋線維と呼ばれ、収縮速度と収縮力が高い、スプリンター型の瞬発力に優れた細胞です。Type 2線維はさらに、遅筋線維に性質が近い方からType 2A、2X、2Bというサブタイプに分類されます(表1)。トップアスリートはその競技特性に合ったタイプの筋線維を持っていたり、運動不足で遅筋線維が減少すると代謝が悪くなったりするなど、筋線維の組成は、骨格筋の質を決定することが知られています。したがって、筋線維タイプが変化する機序を解明し、筋の質を変えるような薬や食品成分の開発が進められています。しかしながら、それぞれの筋線維タイプがどのような分子・遺伝子によって調節されているのか、詳細は明らかになっていませんでした。

【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202308258450-O3-l1hD9cV1
筋線維タイプとその特徴

 本研究グループはこれまで、骨格筋の質を制御する遺伝子の探索研究を独自に進めた結果、筋萎縮と筋線維タイプの変化に関わる遺伝子としてMusashi(Msi;ムサシ)に注目してきました。Msi はもともとショウジョウバエの神経発生に必須の遺伝子として発見され、その変異型ハエは本来一本であるはずの毛(感覚器官)が二本になったことから、二刀流剣士の宮本武蔵にちなんだ名が付けられました。Msiタンパク質はmRNAに結合して特定の遺伝子発現を調節する機能を持ち、特に神経細胞やガン細胞では、細胞の自己複製を促進する細胞の運命決定因子として知られています。哺乳類ではMusashi1と2がありますが、本研究グループはMsi2タンパク質が骨格筋にも発現しており、さらに筋の萎縮にともなって減少することを発見していました。しかし、その詳細な役割は不明でした。

4.研究の詳細
 骨格筋組織の中には筋線維だけでなく、神経や血液、脂肪細胞などが存在していますが、酵素処理によって他の組織を取り除いた筋線維には、確かにMsi2が発現していることを確認しました。また、速筋と遅筋で比較したところ、持久力の高い遅筋でMsi2の量は多いことがわかりました(図1)。
 そこで、Msi2を全身で欠損したマウスの骨格筋を解析したところ、ヒラメ筋という、ヒトでは立ち姿勢を維持するのに重要な下肢の筋が萎縮していました。ヒラメ筋は、主にType 1線維とType 2A線維で構成されており、遅筋の代表格として知られています。さらに、ヒラメ筋はミオグロビン(注3)と呼ばれる酸素を貯蔵するタンパク質を多く含むため、赤い色が特徴ですが、Msi2の欠損マウスでは白く変色していました(図2)。生化学的に分析したところ、Msi2欠損マウスでは確かにミオグロビンのタンパク質量が少なく、ミトコンドリアも減少していることがわかりました。

【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202308258450-O2-DSbv7sA9
Msi2の発現量は速筋よりも遅筋で多い。 

【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202308258450-O1-mmftd4UH
Msi2欠損マウスのヒラメ筋は正常マウスよりも重量が少なく(A)、色が白い(B)。

 また、組織学的に筋線維のタイプを解析した結果、Msi2欠損マウスではType 2A線維の数が減少していました(図3)。Type 2A線維は速筋に分類されますが、ミトコンドリアが豊富で糖や脂質の代謝能力が高い中間型タイプの筋線維です。Msi2欠損マウスでは、ヒラメ筋のType 2A線維が減少したことに起因して、筋重量が低下し(筋萎縮)、筋力も低下していました。さらに、このマウスは活動量と全身の糖処理能力が低下し、糖尿病様の症状を示しました。続いて、遺伝子工学的手法を用いて速筋タイプの前脛骨筋にMsi2の遺伝子を強制発現させると、ミオグロビンとミトコンドリアのマーカー・タンパク質が増加しました。すなわち、骨格筋のMsi2は、遅筋線維に特徴的な代謝に関わるタンパク質の量を調節することが示されました。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202308258450-O5-viXu5AvF
Msi2欠損マウスのヒラメ筋(黄色の点線部分)は緑色で染色されたType 2A線維の数が正常マウスよりも少なかった。

 以上のように、骨格筋のMsi2が無くなると、Type 2A線維が減少することによって筋が萎縮し、糖代謝能力が低下しました(図4)。すなわち、Msi2は骨格筋の量と質を制御する新しい因子である可能性が示されました。今後は、Msi2の発現を制御する上流の機序の解明や、Msi2が結合して発現量を調節している遺伝子群の同定など、Msi2を中心とした骨格筋の可塑性のメカニズムの解明が必要です。

【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202308258450-O4-oYC81IMq
Msi2を欠損したマウスのヒラメ筋は萎縮して白く変色していた。筋断面の組織学的解析によって、Msi2欠損の筋では、速筋線維でありながら糖代謝能力の高いType 2A線維が減少していた。ミトコンドリアとミオグロビンの発現量がMsi2欠損で低下していた。

5.研究の意義と波及効果
 Type 2A線維は、瞬発力の高い速筋線維でありながら代謝能力も高いハイブリッド型の筋線維です。持久的トレーニングによって増加したり、不活動や加齢で減少したりする筋線維は、Type 2A線維です。したがって、Msi2がType 2A線維の量を制御するという発見は、運動トレーニングによる適応や加齢性の筋萎縮(サルコペニア)の機序の解明につながります。さらに今後、Msi2の働きを増強させるような運動プログラムや食品成分、薬剤が開発されれば、骨格筋の量と質を高めることが可能になると期待されます。

【用語解説】
(1)RNA結合タンパク質
細胞内に発現するRNAと結合するタンパク質の総称。mRNAが成熟し核外へと輸送される過程において、その修飾や輸送、翻訳などに関わり、標的の遺伝子の発現を制御している。

(2)筋線維
骨格筋細胞。直径が数0.01-0.1mmの細長い線維状の細胞で、多数の細胞核を有している。細胞内には収縮タンパク質によって構成される筋原線維が配向し、収縮することができる。

(3)ミオグロビン
骨格筋細胞内に存在する酸素結合タンパク質。ヘモグロビンと同様に鉄を含むヘムを含有するため赤色を呈している。

【論文情報】
掲載誌:The FASEB Journal
タイトル:Lack of Musashi-2 induces Type IIa fiber-dominated muscle atrophy
著者:Yasuro Furuichi, Ayana Furutani, Kotaro Tamura, Yasuko Manabe, Nobuharu L Fujii
DOI: 10.1096/fj.202300563R
アブストラクトURL: https://faseb.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1096/fj.202300563R

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