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HIF-PH阻害薬ロキサデュスタットが甲状腺ホルモン検査値に影響を与えることをリアルワールドデータで発見

2023年9月15日
国立大学法人東海国立大学機構 岐阜大学

HIF-PH阻害薬ロキサデュスタットが甲状腺ホルモン検査値に影響を与えることをリアルワールドデータで発見

【本研究のポイント】
・腎性貧血治療のための新薬であるHIF-PH阻害薬の中で、ロキサデュスタットは甲状腺ホルモンと似た骨格をもち、甲状腺ホルモン様の作用をし得ることが基礎研究では示唆されていました。
・本研究では、ロキサデュスタット、及び他のHIF-PH阻害薬であるダプロデュスタットを使用していた患者のカルテデータを用いて、ロキサデュスタットのみが甲状腺ホルモン検査値に影響を与えること(TSH・遊離T4の減少)を明らかにしました。
・リアルワールドデータでロキサデュスタットが甲状腺ホルモン様作用を持つ可能性が示唆されました。

【研究概要】
 関西電力医学研究所/関西電力病院/東海国立大学機構 岐阜大学の共同グループは、電子カルテデータから、腎性貧血の新規治療薬HIF-PH阻害薬(*1)であるロキサデュスタットが、甲状腺ホルモン検査値へ影響を与える(TSH(*2)・遊離T4(*3)の減少)一方、別のHIF-PH阻害薬であるダプロデュスタットは明らかな影響がみられないことを世界で初めて報告しました。
 ロキサデュスタットはその化学構造上、甲状腺ホルモンであるT3(トリヨードサイロニン) (*4)様の骨格をもつことから、TSHを抑制し、T3,T4を低下させると考えられました。一方で甲状腺ホルモン値が低下している場合でも、甲状腺機能低下症様の検査データ(コレステロールやCKの上昇など)は認められず、ロキサデュスタットが甲状腺ホルモン様作用を持つ可能性が示唆されました。
 そのため、ロキサデュスタットを使用中の患者における甲状腺ホルモン検査値の判断については十分な注意が必要です。
 本研究成果は、2023年8月19日に米国内分泌学会の機関誌「Journal of Clinical Endocrinology & Metabolism」で公開されました。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202309149620-O3-39pXf1J2

【背景】
 HIF-PH阻害薬は腎性貧血の新規治療薬として世界に先駆けて本邦で使用開始となり、現在5種類の薬剤が臨床応用されていますが、その有効性および安全性については依然として不明な点もありました。その中で、初めて本邦で市場に投入されたロキサデュスタットについては、その構造上甲状腺ホルモンであるトリヨードサイロニン(T3)様の骨格をもつことから、甲状腺ホルモン代謝への影響が以前より示唆されていました。
 甲状腺ホルモンは、生体でのエネルギー代謝の調整に重要な役割を果たしています。代謝を活性化させることで体温を一定に保つ働きや、心拍数を増加させ、脂質や糖質の代謝にも影響を与え、全身のエネルギー利用のバランスを調整します。甲状腺ホルモンが不足すると体全体の機能が低下し、ホルモンが過剰な場合は過度な活動を引き起こし得ます。甲状腺ホルモン分泌は、脳下垂体から分泌される甲状腺刺激ホルモン(TSH)によって調節されており、血中の甲状腺ホルモン濃度が低くなると脳の甲状腺ホルモン受容体(THR)βが検知し、下垂体からTSHが分泌され甲状腺に作用し、甲状腺ホルモンの分泌を刺激します。逆に、甲状腺ホルモン濃度が高まると、TSH分泌は抑制され、甲状腺ホルモンの分泌も減少します。このようなフィードバック機構によって、体内の甲状腺ホルモンのバランスが保たれています。
 T3様骨格を有するロキサデュスタットについて、基礎研究では甲状腺ホルモン受容体(THR) βを活性化させ得ることが報告されており、甲状腺ホルモン不応症(*5)に対する治療候補薬としての検討もなされていました。加えて症例報告でも甲状腺ホルモンの検査値が低値となったものが報告されていました。ただし、他のHIF-PH阻害薬における甲状腺検査値への影響も含めて、依然として詳細は明らかではありませんでした。
 今回HIF-PH阻害薬の甲状腺機能検査値への影響について、薬剤投与における甲状腺検査値の変化、及びHIF-PH阻害薬剤間に違いを認めるか否かを検討するため、当院でロキサデュスタットもしくはダプロデュスタットの投与が開始され、かつ薬剤開始前後で甲状腺機能(TSH, 遊離T4)が測定されていた患者について、血液検査結果及び臨床学的指標を後方視的に解析しました。

【研究成果】
 今回の検討では、ダプロデュスタットを使用している患者では投与前後で有意な甲状腺ホルモンの変化は認めませんでしたが、一方でロキサデュスタットを使用している患者では有意にTSHおよび遊離T4の低下を認めました。さらに、ロキサデュスタット群では、ダプロデュスタット群に比べ薬剤投与後遊離T4が低下する例を有意に多く認めていました(図1)。
 以上より、ロキサデュスタット特有の事象として、投与後にTSHおよび遊離T4の低下を認めることが示されました。
 なお、ロキサデュスタットがT3様骨格を有するため、生体内で甲状腺ホルモン様作用をしていることが否定できないことから、実際に検査値通りの甲状腺機能低下症としての症状が認められているか否かを検討するため、遊離T4と総コレステロールやCKの変化についての相関関係を検討しましたが、遊離T4が低下している症例についても明らかな総コレステロールおよびCKの上昇は認めませんでした(図2)。
 本研究成果は、ロキサデュスタットが甲状腺ホルモン検査値へ有意な影響を与えることを示すとともに、検査値通りの甲状腺機能低下症の症状を示さない可能性も考えられることから、ロキサデュスタット投与中の患者における甲状腺ホルモン検査値の解釈は注意が必要であるとともに、ロキサデュスタットはリアルワールドでヒトに対して甲状腺ホルモン様作用を持つ可能性が示唆される重要な知見であると考えられます。

【今後の予定】
 今回の検討は、単施設で後ろ向きにHIF-PH阻害薬と甲状腺ホルモン検査値の関連について示したものであり、今後は前向き研究や基礎的な研究を通じて、HIF-PH阻害薬と甲状腺機能の関連についてより詳細な検討が必要であると考えられます。またロキサデュスタットが実際に甲状腺ホルモン様作用を認めるか否かについては基礎的研究を含めさらなる研究の進展が望まれます。

【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202309149620-O4-7l0vSGxy
図1 ロキサデュスタットおよびダプロデュスタット使用前後におけるTSHおよび遊離T4の変化の相関関係
ロキサデュスタット群は有意に遊離T4(FT4)・TSHが低下し、ダプロデュスタット群に比べ薬剤投与後FT4が低下する例を有意に多く認めた。 (90%:38% p<0.05; Fisherの正確検定)

【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202309149620-O6-LLk7528e
図2 ロキサデュスタットおよびダプロデュスタット使用前後における遊離T4の変化と総コレステロール値・CK値との関連
T-choやCKはHIF-PH阻害薬投与前後の変化に有意差は認めず、また遊離T4(FT4)低下症例でのコレステロール・CKの著明な上昇は認めなかった。

【用語解説】
*1 HIF-PH(hypoxia-inducible factor-prolyl hydroxylase)阻害薬
HIF(低酸素誘導因子)は、細胞が低酸素の状態に至った際に誘導される転写因子のことであり、通常の酸素状態ではHIF-PHにより速やかに分解されてしまうものである。エリスロポエチンなどのいくつかの遺伝子の転写反応に影響しており、内因性エリスロポエチン産生が刺激される。HIF-PHを阻害することでHIFの活性を上げることにより、内因性エリスロポエチン産生を増やすことで腎性貧血を治療する薬剤として、HIF-PH阻害薬が開発された。
*2 TSH(thyroid stimulating hormone):甲状腺刺激ホルモン
甲状腺の活動を刺激し、甲状腺ホルモンの分泌を調整する。
*3 T4(thyroxine):サイロキシン
甲状腺ホルモンの一種で、T3の前駆体となる物質。
*4 T3(triiodothyronine):トリヨードサイロニン
甲状腺ホルモンの一種で、体内の代謝を調整する働きがある。
*5 甲状腺ホルモン不応症
体内での甲状腺ホルモンの作用が正常に働かない状態を指す。甲状腺ホルモン受容体の異常や、ホルモン輸送異常、代謝異常に起因することが多い。患者は通常の甲状腺ホルモンレベルを有しているにも関わらず、甲状腺ホルモンの不足に関連する症状を示すことがあり、早期の診断と適切な治療が必要とされ、治療の選択や方法は原因によって異なる。

【論文タイトルと著者】
論文名
Title: Effect of Roxadustat on Thyroid Function in Patients with Renal Anemia
掲載雑誌
Journal of Clinical Endocrinology & Metabolism
著者
Takuya Haraguchi, Yoshiyuki Hamamoto, Hitoshi Kuwata, Yuji Yamazaki, Susumu Nakatani, Takanori Hyo, Yuichiro Yamada, Daisuke Yabe, and Yutaka Seino
DOI https://doi.org/10.1210/clinem/dgad483
URL https://academic.oup.com/jcem/advance-article-abstract/doi/10.1210/clinem/dgad483/7246359?redirectedFrom=fulltext

【本研究への支援】
本研究は、特定の企業・団体からの申告すべき支援は受けておりません。

【研究者プロフィール】
責任著者
浜本 芳之 (はまもと よしゆき)
関西電力医学研究所 糖尿病研究センター 代謝・栄養研究部 部長
関西電力病院 糖尿病・内分泌代謝センター 部長

筆頭著者
原口 卓也 (はらぐち たくや)
関西電力医学研究所 糖尿病研究センター 研究員
岐阜大学大学院医学系研究科 糖尿病・内分泌代謝内科学/膠原病・免疫内科学 大学院生
関西電力病院 糖尿病・内分泌代謝センター 医員

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