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高い稼働率の光格子時計で世界最高水準の時刻系を生成

長期間安定した時間周波数国家標準の実現にむけて前進

ポイント
・ 水素メーザー原子時計の周波数のゆらぎを高い稼働率の光格子時計によって抑制
・ 協定世界時との差±1 ns(10億分の1秒)以内の同期精度が長期安定して達成できることを実証
・ 秒の再定義に向けた検討が加速

【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202406051793-O1-5f4o8qlv

概 要 
国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)計量標準総合センター 物理計測標準研究部門 小林 拓実 主任研究員らと、国立大学法人 横浜国立大学 赤松 大輔 准教授らは、光格子時計によって高精度な時刻系を230日間連続して生成することに成功しました。

現在、光格子時計を使って得られる光の周波数を基準とするよう、秒の定義の見直し(秒の再定義)が議論されています。秒が再定義されると、現在の定義よりも数万倍も「目盛りの細かいものさし」が確立し、高い精度の時刻や周波数を社会に供給できることが期待されます。秒の定義を見直すためには、新しい定義が現在の定義よりも高精度でかつ長期間安定していることなど、多くの課題が残っています。その中で、光格子時計を用いて原子時計の周波数を調整し、精度が高く安定した時刻系を生成することは、秒の再定義に向けて達成が望まれる条件の1つとされており、各国で研究が進められています。産総研では、連続運転が可能な原子時計である水素メーザー原子時計の周波数を手動で調整して時刻系を生成していますが、光格子時計を用いて調整すると、さらに精度の高い時刻系の生成が期待できます。しかし、これまでは光格子時計を低い稼働率でしか運転できなかったため、光格子時計の停止期間に原子時計の周波数を正確に調整することが困難でした。

今回、過去に高い稼働率での運転に成功した光格子時計のデータを用いて、その際の水素メーザー原子時計の周波数を調整することで、光格子時計を基準とした時刻系を生成しました。この時刻系は、230日間にわたって、その当時の国際的な時刻の標準である協定世界時(UTC)との時刻差±1 ns(10億分の1秒)以内という世界最高水準の同期精度を達成できました。今回の成果により、秒の再定義に向けた検討の加速が期待されます。

なお、この技術の詳細は、2024年6月7日(アメリカ東部標準時)に「Physical Review Applied」に掲載されます。

下線部は【用語解説】参照

開発の社会的背景
現在、秒はセシウム原子の共鳴するマイクロ波周波数(約9.2 GHz)で定義され、15〜16桁の精度(3000万年から3億年に1秒しかずれない)で実現されています。マイクロ波よりも高い光周波数(400〜500 THz)を用いた光格子時計は、時間の精度をさらに1〜2桁向上できると期待されており、秒の再定義の有力候補となっています。秒を再定義するためには、光を用いた新しい定義がマイクロ波を用いた現在の定義よりも高精度でかつ長期間安定し、現在の定義との連続性が保証されるなど、多くの課題が残っています。その中で、連続運転が可能な水素メーザー原子時計の周波数を光格子時計によって調整し、長期間にわたって高精度で安定した時刻系を生成することは、秒の再定義に向けて達成が望まれる条件の1つとされています。

水素メーザー原子時計は周波数が徐々に変化していくため、定期的に調整する必要があり、人工衛星による遠隔比較で得られるUTCとの差をもとに手動で周波数を調整して時刻系を生成しています。そこで、光格子時計を用いて水素メーザー原子時計の周波数を調整すると、現在よりも精度の高い時刻系を生成できると期待され、各国で研究が進められています。しかし、光格子時計は非常に複雑な装置で、人の手による微調整が必要になるため、多くの研究機関で低い稼働率でしか運転できず、光格子時計の停止期間に水素メーザー原子時計の周波数のゆらぎを完全に抑えることはできませんでした。

研究の経緯
UTCは、世界中にある数百台の原子時計を加重平均して計算され、高い安定性と冗長性を持ち、世界中で標準となっている刻系です。しかし、UTCは月に1度計算機上で生成される仮想的な時刻系で、リアルタイムでは利用できません。そのため、各国の国家計量標準機関では、連続運転可能な水素メーザー原子時計などを用いて、UTCにできるだけ近い時刻系UTC(k) (k: 研究機関の名前)を生成・供給しています。産総研では時間周波数国家標準としてUTC(NMIJ) (NMIJ: National Metrology Institute of Japan) を生成しており、UTCからの時刻差を数十ナノ秒以内に保っています。

産総研は、数ヶ月にわたり高い稼働率で運転が可能なイッテルビウム光格子時計を開発しました(2020年11月3日 産総研プレス発表)。この光格子時計はUTCの周波数校正作業に参加しており、国際的な標準時を正確に維持する活動に貢献しています。今回、これまでに得られた高い稼働率のデータを用いて、UTC(NMIJ) のUTCとの同期精度向上に取り組みました。

なお、本研究開発は、JSPS科研費 若手研究B(No. 17K14367)、基盤研究B(No. 22H01241)、基盤研究A(No. 17H01151)、JST未来社会創造事業(No. JPMJMI18A1)、JSTムーンショット型研究開発事業(No. JPMJMS2268)による支援を受けています。

研究の内容
UTC(NMIJ)は、水素メーザー原子時計と周波数調整器で構成されています。従来の運用では、手動で周波数調整を行ってUTCとUTC(NMIJ)の時刻差を数十ナノ秒以内に抑えてきました。本研究では、水素メーザー原子時計の周波数を光格子時計で測定し、水素メーザーの周波数のゆらぎを自動で補正することで、UTC(NMIJ)の周波数をできるだけUTCに近くする手法の提案を行いました。UTCとUTC(NMIJ)の周波数が近いと、UTCとUTC(NMIJ)の時刻差を小さく抑えることが可能です。この手法自体は先行研究(参考文献1-3)がありますが、一般的に光格子時計の長期間の連続運転が困難であるため、光格子時計の運転は間欠的(稼働率<20 %)なものでした。光格子時計の停止期間には水素メーザー原子時計の周波数ゆらぎを完全に把握できず、停止期間が長いとUTCからの時刻差を大きく広げてしまうことがあります。本研究では、過去に達成した光格子時計の高稼働率運転(稼働率>80 %)により、時刻差の広がりを抑えることを目指しました(図1参照)。

【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202406051793-O2-vpdVtsl7

今回は、光格子時計を用いてリアルタイムで時刻系の生成を行う前段階のテストとして、過去のデータを用いて周波数調整を実施し、光格子時計を基準とした時刻系UTC(NMIJ)´を生成しました。図2(a)に、2019年11月12日から2020年6月29日までの230日間、光格子時計(稼働率81.6 %)で監視した水素メーザー原子時計の周波数データを示します。得られた水素メーザー原子時計の周波数値に対し、理論的に最適な間隔であると予想される約20分ごとに周波数調整を行いました。周波数調整値は、約20分ごとの光格子時計の稼働率と水素メーザー原子時計に固有の周波数ゆらぎの特性を考慮に入れた周波数調整アルゴリズムにより決定しました。この結果、UTCとUTC(NMIJ)´の時刻差は±1 ns以内に抑えられました。生成されたUTC(NMIJ)´は、現在の国家標準であるUTC(NMIJ)と比較して、大幅にUTCとの同期精度が向上しました(図2(b)参照)。また、他機関で同じ230日間に生成された世界最高水準のUTC(k)と比較しても、UTC(NMIJ)´はより高い同期精度を示しました(図2(c)参照)。これらの機関では、セシウム原子泉時計などの高精度なマイクロ波原子時計を高い稼働率で運用しており、UTC(k)のUTCとの同期精度向上に利用しています。図2(c)の比較結果は、時刻系の生成において光格子時計の優位性を示唆しています。光格子時計によるUTC(k)への貢献は、秒の再定義に向けて達成が望まれる条件の1つとされており、各国で研究が進められています。本研究成果により、秒の再定義に向けた検討の加速が期待されます。

【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202406051793-O3-1S8Nx3jg

今後の予定
今後は、光格子時計の高稼働率運転により、リアルタイムでUTC(NMIJ)´を生成し、時間周波数国家標準としての運用を目指します。また、高精度な時間周波数標準を利用した基礎物理学の研究も推進していきます(2022年12月8日 産総研プレス発表、2023年7月6日産総研プレス発表)。

論文情報
掲載誌:Physical Review Applied
論文タイトル:Generation of a precise time scale assisted by a near-continuously operating optical lattice clock
著者:Takumi Kobayashi, Daisuke Akamatsu, Kazumoto Hosaka, Yusuke Hisai, Akiko Nishiyama, Akio Kawasaki, Masato Wada, Hajime Inaba, Takehiko Tanabe, Tomonari Suzuyama, Feng-Lei Hong, Masami Yasuda
DOI:10.1103/PhysRevApplied.21.064015

参考文献
1)    H. Hachisu, F. Nakagawa, Y. Hanado, and T. Ido, Months-long real-time generation of a time scale based on an optical clock, Scientific Reports 8, 4243 (2018).
2)    J. Yao, J. A. Sherman, T. Fortier, H. Leopardi, T. Parker, W. McGrew, X. Zhang, D. Nicolodi, R. Fasano, S. Scha?ffer, K. Beloy, J. Savory, S. Romisch, C. Oates, S. Diddams, A. Ludlow, and J. Levine, Optical-Clock-Based Time Scale, Physical Review Applied 12, 044069 (2019).
3)    V. Formichella, G. Signorile, T. T. Thai, L. Galleani, M. Pizzocaro, I. Goti, S. Condio, C. Clivati, M. Risaro, F. Levi, D. Calonico, and I. Sesia, Year-long optical time scale with sub-nanosecond capabilities, Optica 11, 523 (2024).

用語解説
光格子時計
2001年に東京大学大学院工学系研究科の香取 秀俊 助教授(当時)によって提案された手法。多数の原子をレーザー光によって空間に捕捉することで、それらの原子の共鳴周波数の同時測定が可能となり、原子の共鳴周波数に基づく正確な時間を測定できる。現在の1秒の定義を15〜16桁の精度で実現するセシウム原子泉時計に対して、18桁台までの向上が実証されている。

秒の定義の見直し (秒の再定義)
現在の秒の定義を実現するセシウム原子時計に対して、今後、その性能を上回る可能性を持つ原子時計を「秒の二次表現(secondary representations of the second)」と呼ばれるリストに入れ、秒の再定義の候補としている。現在、光を用いた原子時計として、中性原子のストロンチウム、イッテルビウム、水銀を用いた光格子時計、単一イオンを用いた原子時計など、計10種類が秒の再定義の候補となっている。

水素メーザー原子時計
水素原子のマイクロ波共鳴周波数に基づく原子時計。マイクロ波原子時計としては短期的な周波数安定度が良い。長期間の連続運転が可能で、時刻系の生成によく用いられる。

協定世界時 (UTC)
世界中の計量標準機関などで維持されている約500台の原子時計の平均をとり、セシウム原子泉時計や光格子時計など高精度な原子時計により周波数の校正を行うことで、国際原子時(TAI)と呼ばれる時刻系が生成される。TAIにうるう秒を加え、TAIとは整数秒差を保ちつつ、地球の自転に基づく時刻系と近似的に一致するように調整した時刻系。

国家計量標準機関
各国において、国立あるいはそれに準じる形で設置した計量に特化した研究機関。基本的には、SI基本単位(m, kg, s, A, K, mol, cd)をはじめ、多くのSI単位の計量標準をその国の国家標準として開発・維持・管理する。また、SI単位の利用促進や各国の国家標準の同等性を確認する国際比較なども定期的に行っている。

周波数調整アルゴリズム
光格子時計で測定した水素メーザー原子時計の周波数をもとに、最適な周波数調整値を推定するアルゴリズム。本研究では、カルマンフィルターと呼ばれるアルゴリズムを採用した。カルマンフィルターは、約20分ごとに得られる水素メーザー原子時計の測定値と予測値の重み付き平均を行うことで周波数調整値を決定する。この重みの決定には、約20分ごとの光格子時計の稼働率と、水素メーザー原子時計の周波数ゆらぎの特性を考慮に入れている。

セシウム原子泉時計
セシウム原子の約9.2 GHzの共鳴周波数に基づく現在の「秒」の定義を実現する装置の中で、最高精度を持つ原子時計。セシウム原子を捕獲・冷却したのちに、噴水あるいは泉のように打ち上げる操作を行うことから原子泉方式と呼ばれる。

修正ユリウス日
1858年11月17日を0日とした経過日数。時間標準や天文学の分野でよく用いられる。

プレスリリースURL
https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2024/pr20240608/pr20240608.html

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