「便器のふたを閉めて流してください」は衛生的か?
[24/10/28]
提供元:共同通信PRワイヤー
提供元:共同通信PRワイヤー
トイレ水洗時に生じる飛沫の見える化と飛散ウイルスの定量測定に成功
ポイント
・ 便器のふたの開閉による違いなどを考慮し、水洗トイレ洗浄時に発生するエアロゾルの空間分布を測定
・ トイレを使用した後の水洗で、どの程度ウイルスが飛散するかを推定
・ 水洗トイレ使用時の衛生管理に重要な科学的根拠に基づく知見が明らかに
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202410248718-O1-ed6W182U】
概 要
国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)センシングシステム研究センター 福田 隆史 総括研究主幹、安浦 雅人 主任研究員、河合 葵葉 リサーチアシスタントは、国立大学法人 金沢大学 理工研究域フロンティア工学系 微粒子システム研究グループ 瀬戸 章文 教授と共同で、水洗トイレから発生する飛沫(ひまつ)の挙動を、湿度制御下における粒径分布・空間分布といったさまざまな観点から捉え、可視化しました。また、ウイルス粒子を含む飛沫の飛散を分析し、汚染リスクの評価に成功しました。
コロナ禍以降、ウイルスの汚染リスクを抑制する衛生管理の重要性が再認識されています。しかし、特段の科学的根拠に基づかない風説や思い込みによる習慣が今なお存在しています。そこで、水洗トイレの日常の使用や衛生管理における注意点を科学的な観点から明らかにすることに取り組みました。
具体的にはパーティクルカウンター(微粒子計測器)を用いて、環境湿度を制御した上で水洗トイレ洗浄時に発生するエアロゾル(飛沫のうち0.3 ?m〜10 ?mサイズの微粒子)の空間分布を粒径別に測定し、便器のふたの開閉による違いを環境湿度の影響も含めて初めて明らかにしました。また、トイレを使用した後に水洗することでどの程度ウイルスが飛散するかを推定するため、模擬ウイルスを含む飛沫の汚染リスクを評価しました。その結果、水洗トイレ使用時の衛生管理に重要な科学的根拠に基づく知見が得られました。この知見が生かされた“衛生度”という新たな付加価値を備えた便器の開発につながることが期待されます。
なお、この研究成果の詳細は2024年11月3日〜7日にBorneo Convention Centre Kuching(マレーシア クチン市)で開催される「第13回Asian Aerosol Conference(AAC)2024」にて発表されます。
下線部は【用語解説】参照
※本プレスリリースでは、化学式や単位記号の上付き・下付き文字を、通常の文字と同じ大きさで表記しております。
正式な表記でご覧になりたい方は、産総研WEBページ
( https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2024/pr20241028/pr20241028.html )をご覧ください。
開発の社会的背景
コロナ禍以降、ウイルスの汚染リスクを抑制する衛生管理の重要性が再認識されています。しかし、これまで水洗トイレの衛生度は特段の科学的根拠に基づかない経験的な基準により管理されており、ウイルスの汚染リスク抑制という観点での科学的な根拠は乏しいものでした。水洗時のふたの開閉はウイルスの汚染リスクにどの程度影響を与えるのか、などについての科学的根拠に基づく知見は、衛生管理に重要です。
研究の経緯
産総研は、2020年からコロナ禍対策技術の研究開発を推進しており、空間を漂うウイルスの定量化などにも成功しています。さらに、その技術を人の生活だけではなく、畜産分野で活用するための実証なども進めてきました(2023年10月31日 産総研プレス発表)。また、ウイルスの迅速・高感度な検出技術の開発を通じて、健康や食品衛生の向上に関わる研究も推進してきました(2022年5月19日 産総研プレス発表)。そして、現在では、生活環境の衛生管理に関わる研究開発にも取り組みを広げています。
日本の水洗トイレは世界的に見ても衛生状態がよく管理されており、特段の注意を払わなくても安全に利用できている側面もあります。しかし、それを客観的に検証するきっかけとなる科学的なデータを提示することには大きな価値があると考え、今回、これまでに私たちが培ってきた技術を生かしながら、水洗トイレの衛生管理をさらに進める研究に取り組むことにしました。
研究の内容
本研究ではラボ内に約12 m3の密閉性のブース(図1)を設置し、トイレを模した個室に便器を設置(図2)の上、以下の二つの計測を行いました。一つ目は、部屋の湿度や便器のふたの開閉によって、水洗時に発生するエアロゾルの量や広がり方がどのように影響を受けるかについて、パーティクルカウンターという装置を用いた検証です。二つ目は、水洗によって発生する飛沫と共に空間に放出される、または便器に付着するウイルス量の測定です。トイレ利用者が水洗することでどの程度ウイルスが飛散するかを推定するため、模擬ウイルスを含む飛沫の汚染リスクをPCR法によって定量的に評価しました。
図1の密閉ブースはHEPAフィルターを装備した密閉構造で、内部で飛散したウイルスなどが外部に漏れる心配はありません。また、今回、ウイルス飛散の推定実験のために用いた模擬ウイルス試料には、牛感染症(牛呼吸器病症候群)の主要な原因ウイルスとして知られており、安全な取り扱いが可能な生ワクチン株がある牛パラインフルエンザウイルス3型の培養上清液を用いました。したがって、このウイルスはヒトへの感染の心配はありません。さらに、密閉ブース内部に備え付けた殺菌灯によって実験後にはウイルスを完全に不活化しているため、今回の実験におけるヒトや環境に対する安全性は担保されています。
また、図2の便器は、節水タイプのサイホン式の一種である洗浄方式を採用しており、1回の水洗で流れる水量は6 Lです。この値は20年以上前の標準的な便器の約半分です。近年、節水タイプの便器の開発はますます進んでおり、使用水量が大幅に削減されていることに加え、水流方式にも各社の工夫が施されているため、本研究の結果の細部は必ずしも全ての便器に共通するものではないと考えられますが、全体の傾向は多くの便器に適用可能であると考えています。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202410248718-O4-2cRBx2hz】
図3にはレーザー散乱実験によって撮影された飛沫発生の可視化像を示しました。30秒間の撮影により、各飛沫の軌跡が捉えられています。図3左の写真には直径数マイクロメートルから数百マイクロメートルに至るさまざまな粒径の飛沫発生が全て含まれています。大きな飛沫は放物線を描いて落下していますが、小さな粒径(おおむね10 ?m以下)のエアロゾルは浮遊し、気流によって流動していることが可視化されています。図3左の中央やや左上に「ω」のような軌跡が見えますが、これは浮遊したエアロゾルの運動の一例です。このサイズのエアロゾルは、トイレの個室内に数分〜数十分間漂う可能性があります。また、上方に勢いよく飛び出した飛沫の最高到達点は40 cm〜50 cmにも達していることも読み取れます。さらに、焦点を前後に変化させた解析により、便座手前側で大きな粒径の飛沫が多く発生し、便座中央から奥側で粒径10 ?m以下のエアロゾルが多く発生していることも明らかとなりました(図3右参照)。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202410248718-O5-Tp97XzDL】
【動画:https://www.youtube.com/watch?v=hEe1s9twyh4】
動画 トイレ水洗時に発生する飛沫・エアロゾル
次に、水洗トイレの便器から発生するエアロゾルの粒子数と空間分布を測定するため、図4に示したA〜Cの三つの面内各点で、直径0.3, 0.5, 1, 3, 5, 10 ?mの各粒径を持つエアロゾルの粒子数を計測しました。その結果、図4中の左向き(便器の外側方向)におおむね5 cm〜15 cm、上方には約40 cmの範囲にエアロゾルの高濃度領域が及ぶことを見いだしました。また、A〜C各面内のデータ全体を考慮すると、エアロゾルの分布は空間的に均等ではなく、前後に指向性を持って放出されていることが分かりました。これは、エアロゾルが自由拡散ではなく、便器内の水流が作る空気の流れに乗って運ばれた結果であると考えられます。
また、環境湿度(相対湿度)が30, 50, 70%と変化していくにつれて、発生エアロゾルの総体積は増大し、例えば、30%と70%を比較すると4.6倍の差に至ることを見いだしました。図4下の図はA面内でのエアロゾルの空間分布を環境湿度ごとに比較したものです。日本では高湿な条件が通年で非常に多い(例えば、1日の平均湿度が70%を超える日数は東京の場合、約200日にもなる)ため、エアロゾルの発生・拡散が生じやすい環境といえます。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202410248718-O6-V3jhA5Il】
さらに、エアロゾル発生(空間分布)がふたの開閉によってどのように異なるかを知るため、一例として、粒径1 ?mのエアロゾルの空間分布の測定結果の比較を図5に示しました。当然ながら、ふたを閉めると上方へのエアロゾル発生・拡散はなくなりますが、その一方で、使用者側(図5中左方向)に15 cm程度の距離までエアロゾルが染み出すことが分かりました。これは水流によって便器内の空気が押し出され、ふた・便座と便器の隙間から外に向けて勢いよく放出された結果と考えられます(ここでは図の見やすさの観点から、図5右のカラースケールの最大値は左の10分の1としており粒径1 ?mのエアロゾルの絶対数は約4分の1に低減されています)。
以上の結果から、エアロゾルから受ける影響を低減する簡単な対策として、水洗時には便器から少なくとも15 cm以上離れて操作するのが有効といえることが分かりました。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202410248718-O7-HT0f69p2】
実験から、飛沫の発生状況は理解できましたが、水洗時には、どの程度のウイルス飛散が生じるのか、そして、どのような衛生管理をすれば安全に利用できるのかを考察するため、模擬ウイルス試料を調製し、便器内にためた状態でふたを閉めて水洗する実験を行いました。水洗によって生じる飛沫は、さまざまなところに付着し、残留すると考えられます。そこで、図6左に示すように、(1)便座のふたの裏側、(2)便座(上面)、(3)便座(裏面)、(4)便座外(手前)、(5)便座外(手前横)、(6)便座外(横奥)、(7)壁の各部を綿棒で拭い取り、PCR法によって定量化したところ、図6右のような結果となりました。すなわち、便器内に排出されたウイルスは、便器ふたの裏側、便座(上面・裏面)の合計で2分の1強、そして、便器の外に2分の1弱が放出されることが分かりました。一方、便座およびふた、ならびに便器の外に放出されるウイルスの量については、便器内に展開したウイルス量の100,000分の1以下であり、感染に関与しうるウイルス量はわずかといえます。しかし、絶対量としてはゼロではないことを考慮すると、使用前の便座の清拭や水洗時に便器から15 cm以上離れるなどのアクションは感染リスクをより低減するために効果的であるといえます。
もう少し詳しく見る(ウイルス付着密度で比較する)と、図6に示される通り、主なところでは、(3)便座(裏面)に約3分の1、(2)便座(上面)に約6分の1、(7)壁(両側合計)に約3分の1放出されることが示されました。したがって、トイレを掃除する場合は、定期的にふたや便座(図6の(1)〜(3))だけでなく、壁(図6の(7):今回の実験では便器の端から約25 cmの距離)の拭き取りも推奨されます。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202410248718-O8-n7PhiP37】
今回の研究では、水洗トイレの使用時に発生するエアロゾルの量や空間分布、ならびに、模擬ウイルス試料中に含まれるウイルスの飛散など、日常の使用や清掃などの衛生管理に対しての留意点を明らかにしました。エアロゾルの発生に関して、提案・実用化されているさまざまな水洗方式の違いについても今後検討を進め、洗浄効率や節水性能だけではなく、衛生管理・感染防止の面でも優れた便器の開発に向けた情報を蓄積することができると考えています。
今後の予定
提案・実用化されているさまざまな水洗方式についても検討を行い、それらの間の違いなどに関しても知見を蓄積していくことで、洗浄効率や節水性能だけではなく、衛生管理・感染防止の面でも優れた便器の開発に向けた情報を蓄積することができるでしょう。世界をリードしている日本のトイレをさらに進化させるため、共に研究を推進するパートナー企業を募り、“衛生度”という新たな付加価値を備えた便器の開発と社会実装を進めていきたいと考えています。
用語解説
パーティクルカウンター(微粒子計測器)
空気中(あるいは液体中)に存在するほこりなどの微粒子の数を測定する装置。装置に吸い込んだ空気(または液体)にレーザー光を照射し、ほこりなどの微粒子によって散乱された光の強さを測定することで微粒子の数やサイズを定量化できる。
エアロゾル
空間に浮遊している液体の微粒子または固体の微粒子とそれを包む気体の混合体のこと。ナノメートルサイズのものから、マイクロメートルサイズのものまで大きさはさまざまである。本研究では、水洗によって発生する飛沫のうち、特に0.3 ?m〜10 ?mサイズの飛沫に注目し、時間変化や空間分布の測定を行った。
PCR法
PCRはポリメラーゼ連鎖反応=Polymerase Chain Reactionの頭文字。検体中に含まれる極微量の核酸(DNA, RNAなど)を生化学的プロセスによって数百万〜数千億倍にまで増幅し、その存在量を定量的に分析する方法。
HEPAフィルター
HEPAはHigh Efficiency Particulate Airの頭文字で、日本産業規格 JIS Z8122に定められた微粒子除去性能を持つ高性能エアフィルターの一種。0.3 ?mの微粒子を99.97%以上の効率で捕集できる。
牛パラインフルエンザウイルス3型
牛パラインフルエンザウイルス3型は牛呼吸器病症候群の主な原因として知られているウイルスで、さまざまな呼吸器症状(風邪様症状)を引き起こす。また、他のウイルスや細菌と複合感染した場合、重篤な肺炎につながる。このウイルスの生ワクチン株は、ヒトまたは動物に重篤な疾患を起こす可能性がないものが分類されるBSL1に分類され、安全な取り扱いが可能である。なお、本実験ではウイルスの漏洩がないブース内に限って実験を行い、殺菌灯・消毒液などによるブース内の不活化処理などを徹底しており、環境漏洩の心配はない。
サイホン式
サイホンの原理に基づく強い吸引力で水と排泄物を効果的に洗い流す、最も一般的な便器洗浄方式であり、さらに改良を加えられた方式も多数製品化されている。
自由拡散
濃度や密度の差が小さくなる方向に向かって物質が均一に広がっていく現象。
プレスリリースURL
https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2024/pr20241028/pr20241028.html
ポイント
・ 便器のふたの開閉による違いなどを考慮し、水洗トイレ洗浄時に発生するエアロゾルの空間分布を測定
・ トイレを使用した後の水洗で、どの程度ウイルスが飛散するかを推定
・ 水洗トイレ使用時の衛生管理に重要な科学的根拠に基づく知見が明らかに
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202410248718-O1-ed6W182U】
概 要
国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)センシングシステム研究センター 福田 隆史 総括研究主幹、安浦 雅人 主任研究員、河合 葵葉 リサーチアシスタントは、国立大学法人 金沢大学 理工研究域フロンティア工学系 微粒子システム研究グループ 瀬戸 章文 教授と共同で、水洗トイレから発生する飛沫(ひまつ)の挙動を、湿度制御下における粒径分布・空間分布といったさまざまな観点から捉え、可視化しました。また、ウイルス粒子を含む飛沫の飛散を分析し、汚染リスクの評価に成功しました。
コロナ禍以降、ウイルスの汚染リスクを抑制する衛生管理の重要性が再認識されています。しかし、特段の科学的根拠に基づかない風説や思い込みによる習慣が今なお存在しています。そこで、水洗トイレの日常の使用や衛生管理における注意点を科学的な観点から明らかにすることに取り組みました。
具体的にはパーティクルカウンター(微粒子計測器)を用いて、環境湿度を制御した上で水洗トイレ洗浄時に発生するエアロゾル(飛沫のうち0.3 ?m〜10 ?mサイズの微粒子)の空間分布を粒径別に測定し、便器のふたの開閉による違いを環境湿度の影響も含めて初めて明らかにしました。また、トイレを使用した後に水洗することでどの程度ウイルスが飛散するかを推定するため、模擬ウイルスを含む飛沫の汚染リスクを評価しました。その結果、水洗トイレ使用時の衛生管理に重要な科学的根拠に基づく知見が得られました。この知見が生かされた“衛生度”という新たな付加価値を備えた便器の開発につながることが期待されます。
なお、この研究成果の詳細は2024年11月3日〜7日にBorneo Convention Centre Kuching(マレーシア クチン市)で開催される「第13回Asian Aerosol Conference(AAC)2024」にて発表されます。
下線部は【用語解説】参照
※本プレスリリースでは、化学式や単位記号の上付き・下付き文字を、通常の文字と同じ大きさで表記しております。
正式な表記でご覧になりたい方は、産総研WEBページ
( https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2024/pr20241028/pr20241028.html )をご覧ください。
開発の社会的背景
コロナ禍以降、ウイルスの汚染リスクを抑制する衛生管理の重要性が再認識されています。しかし、これまで水洗トイレの衛生度は特段の科学的根拠に基づかない経験的な基準により管理されており、ウイルスの汚染リスク抑制という観点での科学的な根拠は乏しいものでした。水洗時のふたの開閉はウイルスの汚染リスクにどの程度影響を与えるのか、などについての科学的根拠に基づく知見は、衛生管理に重要です。
研究の経緯
産総研は、2020年からコロナ禍対策技術の研究開発を推進しており、空間を漂うウイルスの定量化などにも成功しています。さらに、その技術を人の生活だけではなく、畜産分野で活用するための実証なども進めてきました(2023年10月31日 産総研プレス発表)。また、ウイルスの迅速・高感度な検出技術の開発を通じて、健康や食品衛生の向上に関わる研究も推進してきました(2022年5月19日 産総研プレス発表)。そして、現在では、生活環境の衛生管理に関わる研究開発にも取り組みを広げています。
日本の水洗トイレは世界的に見ても衛生状態がよく管理されており、特段の注意を払わなくても安全に利用できている側面もあります。しかし、それを客観的に検証するきっかけとなる科学的なデータを提示することには大きな価値があると考え、今回、これまでに私たちが培ってきた技術を生かしながら、水洗トイレの衛生管理をさらに進める研究に取り組むことにしました。
研究の内容
本研究ではラボ内に約12 m3の密閉性のブース(図1)を設置し、トイレを模した個室に便器を設置(図2)の上、以下の二つの計測を行いました。一つ目は、部屋の湿度や便器のふたの開閉によって、水洗時に発生するエアロゾルの量や広がり方がどのように影響を受けるかについて、パーティクルカウンターという装置を用いた検証です。二つ目は、水洗によって発生する飛沫と共に空間に放出される、または便器に付着するウイルス量の測定です。トイレ利用者が水洗することでどの程度ウイルスが飛散するかを推定するため、模擬ウイルスを含む飛沫の汚染リスクをPCR法によって定量的に評価しました。
図1の密閉ブースはHEPAフィルターを装備した密閉構造で、内部で飛散したウイルスなどが外部に漏れる心配はありません。また、今回、ウイルス飛散の推定実験のために用いた模擬ウイルス試料には、牛感染症(牛呼吸器病症候群)の主要な原因ウイルスとして知られており、安全な取り扱いが可能な生ワクチン株がある牛パラインフルエンザウイルス3型の培養上清液を用いました。したがって、このウイルスはヒトへの感染の心配はありません。さらに、密閉ブース内部に備え付けた殺菌灯によって実験後にはウイルスを完全に不活化しているため、今回の実験におけるヒトや環境に対する安全性は担保されています。
また、図2の便器は、節水タイプのサイホン式の一種である洗浄方式を採用しており、1回の水洗で流れる水量は6 Lです。この値は20年以上前の標準的な便器の約半分です。近年、節水タイプの便器の開発はますます進んでおり、使用水量が大幅に削減されていることに加え、水流方式にも各社の工夫が施されているため、本研究の結果の細部は必ずしも全ての便器に共通するものではないと考えられますが、全体の傾向は多くの便器に適用可能であると考えています。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202410248718-O4-2cRBx2hz】
図3にはレーザー散乱実験によって撮影された飛沫発生の可視化像を示しました。30秒間の撮影により、各飛沫の軌跡が捉えられています。図3左の写真には直径数マイクロメートルから数百マイクロメートルに至るさまざまな粒径の飛沫発生が全て含まれています。大きな飛沫は放物線を描いて落下していますが、小さな粒径(おおむね10 ?m以下)のエアロゾルは浮遊し、気流によって流動していることが可視化されています。図3左の中央やや左上に「ω」のような軌跡が見えますが、これは浮遊したエアロゾルの運動の一例です。このサイズのエアロゾルは、トイレの個室内に数分〜数十分間漂う可能性があります。また、上方に勢いよく飛び出した飛沫の最高到達点は40 cm〜50 cmにも達していることも読み取れます。さらに、焦点を前後に変化させた解析により、便座手前側で大きな粒径の飛沫が多く発生し、便座中央から奥側で粒径10 ?m以下のエアロゾルが多く発生していることも明らかとなりました(図3右参照)。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202410248718-O5-Tp97XzDL】
【動画:https://www.youtube.com/watch?v=hEe1s9twyh4】
動画 トイレ水洗時に発生する飛沫・エアロゾル
次に、水洗トイレの便器から発生するエアロゾルの粒子数と空間分布を測定するため、図4に示したA〜Cの三つの面内各点で、直径0.3, 0.5, 1, 3, 5, 10 ?mの各粒径を持つエアロゾルの粒子数を計測しました。その結果、図4中の左向き(便器の外側方向)におおむね5 cm〜15 cm、上方には約40 cmの範囲にエアロゾルの高濃度領域が及ぶことを見いだしました。また、A〜C各面内のデータ全体を考慮すると、エアロゾルの分布は空間的に均等ではなく、前後に指向性を持って放出されていることが分かりました。これは、エアロゾルが自由拡散ではなく、便器内の水流が作る空気の流れに乗って運ばれた結果であると考えられます。
また、環境湿度(相対湿度)が30, 50, 70%と変化していくにつれて、発生エアロゾルの総体積は増大し、例えば、30%と70%を比較すると4.6倍の差に至ることを見いだしました。図4下の図はA面内でのエアロゾルの空間分布を環境湿度ごとに比較したものです。日本では高湿な条件が通年で非常に多い(例えば、1日の平均湿度が70%を超える日数は東京の場合、約200日にもなる)ため、エアロゾルの発生・拡散が生じやすい環境といえます。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202410248718-O6-V3jhA5Il】
さらに、エアロゾル発生(空間分布)がふたの開閉によってどのように異なるかを知るため、一例として、粒径1 ?mのエアロゾルの空間分布の測定結果の比較を図5に示しました。当然ながら、ふたを閉めると上方へのエアロゾル発生・拡散はなくなりますが、その一方で、使用者側(図5中左方向)に15 cm程度の距離までエアロゾルが染み出すことが分かりました。これは水流によって便器内の空気が押し出され、ふた・便座と便器の隙間から外に向けて勢いよく放出された結果と考えられます(ここでは図の見やすさの観点から、図5右のカラースケールの最大値は左の10分の1としており粒径1 ?mのエアロゾルの絶対数は約4分の1に低減されています)。
以上の結果から、エアロゾルから受ける影響を低減する簡単な対策として、水洗時には便器から少なくとも15 cm以上離れて操作するのが有効といえることが分かりました。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202410248718-O7-HT0f69p2】
実験から、飛沫の発生状況は理解できましたが、水洗時には、どの程度のウイルス飛散が生じるのか、そして、どのような衛生管理をすれば安全に利用できるのかを考察するため、模擬ウイルス試料を調製し、便器内にためた状態でふたを閉めて水洗する実験を行いました。水洗によって生じる飛沫は、さまざまなところに付着し、残留すると考えられます。そこで、図6左に示すように、(1)便座のふたの裏側、(2)便座(上面)、(3)便座(裏面)、(4)便座外(手前)、(5)便座外(手前横)、(6)便座外(横奥)、(7)壁の各部を綿棒で拭い取り、PCR法によって定量化したところ、図6右のような結果となりました。すなわち、便器内に排出されたウイルスは、便器ふたの裏側、便座(上面・裏面)の合計で2分の1強、そして、便器の外に2分の1弱が放出されることが分かりました。一方、便座およびふた、ならびに便器の外に放出されるウイルスの量については、便器内に展開したウイルス量の100,000分の1以下であり、感染に関与しうるウイルス量はわずかといえます。しかし、絶対量としてはゼロではないことを考慮すると、使用前の便座の清拭や水洗時に便器から15 cm以上離れるなどのアクションは感染リスクをより低減するために効果的であるといえます。
もう少し詳しく見る(ウイルス付着密度で比較する)と、図6に示される通り、主なところでは、(3)便座(裏面)に約3分の1、(2)便座(上面)に約6分の1、(7)壁(両側合計)に約3分の1放出されることが示されました。したがって、トイレを掃除する場合は、定期的にふたや便座(図6の(1)〜(3))だけでなく、壁(図6の(7):今回の実験では便器の端から約25 cmの距離)の拭き取りも推奨されます。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202410248718-O8-n7PhiP37】
今回の研究では、水洗トイレの使用時に発生するエアロゾルの量や空間分布、ならびに、模擬ウイルス試料中に含まれるウイルスの飛散など、日常の使用や清掃などの衛生管理に対しての留意点を明らかにしました。エアロゾルの発生に関して、提案・実用化されているさまざまな水洗方式の違いについても今後検討を進め、洗浄効率や節水性能だけではなく、衛生管理・感染防止の面でも優れた便器の開発に向けた情報を蓄積することができると考えています。
今後の予定
提案・実用化されているさまざまな水洗方式についても検討を行い、それらの間の違いなどに関しても知見を蓄積していくことで、洗浄効率や節水性能だけではなく、衛生管理・感染防止の面でも優れた便器の開発に向けた情報を蓄積することができるでしょう。世界をリードしている日本のトイレをさらに進化させるため、共に研究を推進するパートナー企業を募り、“衛生度”という新たな付加価値を備えた便器の開発と社会実装を進めていきたいと考えています。
用語解説
パーティクルカウンター(微粒子計測器)
空気中(あるいは液体中)に存在するほこりなどの微粒子の数を測定する装置。装置に吸い込んだ空気(または液体)にレーザー光を照射し、ほこりなどの微粒子によって散乱された光の強さを測定することで微粒子の数やサイズを定量化できる。
エアロゾル
空間に浮遊している液体の微粒子または固体の微粒子とそれを包む気体の混合体のこと。ナノメートルサイズのものから、マイクロメートルサイズのものまで大きさはさまざまである。本研究では、水洗によって発生する飛沫のうち、特に0.3 ?m〜10 ?mサイズの飛沫に注目し、時間変化や空間分布の測定を行った。
PCR法
PCRはポリメラーゼ連鎖反応=Polymerase Chain Reactionの頭文字。検体中に含まれる極微量の核酸(DNA, RNAなど)を生化学的プロセスによって数百万〜数千億倍にまで増幅し、その存在量を定量的に分析する方法。
HEPAフィルター
HEPAはHigh Efficiency Particulate Airの頭文字で、日本産業規格 JIS Z8122に定められた微粒子除去性能を持つ高性能エアフィルターの一種。0.3 ?mの微粒子を99.97%以上の効率で捕集できる。
牛パラインフルエンザウイルス3型
牛パラインフルエンザウイルス3型は牛呼吸器病症候群の主な原因として知られているウイルスで、さまざまな呼吸器症状(風邪様症状)を引き起こす。また、他のウイルスや細菌と複合感染した場合、重篤な肺炎につながる。このウイルスの生ワクチン株は、ヒトまたは動物に重篤な疾患を起こす可能性がないものが分類されるBSL1に分類され、安全な取り扱いが可能である。なお、本実験ではウイルスの漏洩がないブース内に限って実験を行い、殺菌灯・消毒液などによるブース内の不活化処理などを徹底しており、環境漏洩の心配はない。
サイホン式
サイホンの原理に基づく強い吸引力で水と排泄物を効果的に洗い流す、最も一般的な便器洗浄方式であり、さらに改良を加えられた方式も多数製品化されている。
自由拡散
濃度や密度の差が小さくなる方向に向かって物質が均一に広がっていく現象。
プレスリリースURL
https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2024/pr20241028/pr20241028.html