塩基の新規繰り返しの異常伸長による脳症を同定
[24/10/25]
提供元:PRTIMES
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-未診断率の高いミトコンドリア病の遺伝子診断に一石-
順天堂大学大学院難治性疾患診断・治療学/難病の診断と治療研究センターの岡崎康司センター長・教授(理研応用ゲノム解析技術研究チームチームリーダー)、八塚由紀子助教、理化学研究所(理研)生命医科学研究センター応用ゲノム解析技術研究チームの尾崎心副チームリーダー(研究当時、現客員主管研究員)、千葉県こども病院代謝科の村山圭部長(研究当時、現順天堂大学大学院難治性疾患診断・治療学教授)、埼玉医科大学小児科学・ゲノム医療学の大竹明客員教授・名誉教授らの共同研究グループは、ミトコンドリア病を引き起こす、新たなリピート配列(GGGCCの塩基の繰り返し配列)の異常伸長を発見しました。
本研究成果は、ミトコンドリア病およびその他の遺伝性疾患の未診断症例の解明に貢献すると期待されます。
今回、共同研究グループは、複数の先端的な遺伝子解析技術を結集して、新規のリピート配列の異常伸長により、NAXE関連脳症と呼ばれるミトコンドリア病の一種を来すことを発見しました。
本研究は、科学雑誌『npj Genomic Medicine』オンライン版(10月25日付:日本時間10月25日)に掲載されました。
[画像1: https://prtimes.jp/i/21495/696/resize/d21495-696-43102517ef1a009ba8bb-0.jpg ]
■ 背景
ミトコンドリア病は厚生労働省の定める指定難病の一つであり筋肉や脳・心臓を中心に全身のあらゆる臓器に症状を起こし得る疾患群です。現在は根本的治療方法が無く、5,000人の出生に1人という、比較的頻度の高い遺伝性疾患群でもあります。その未診断率は6〜7割にも達し、現行の遺伝子解析技術をもってしても診断できない患者が多くいることが課題です。これまで425個以上の遺伝子(細胞核にあるゲノム[1]または、ミトコンドリア内にあるミトコンドリアゲノムに位置する)の異常によりミトコンドリア病を引き起こし得るとされてきました。その多くは一塩基のバリアント[2]や短い挿入・欠失をもたらすバリアント、あるいはまれに構造多型[2]と呼ばれるバリアントであることが分かっています。また、症例は少ないものの、リピート配列と呼ばれる、短い数塩基の配列の繰り返しから成る塩基配列が異常に長くなること(異常伸長)によって、そのリピート配列を保有する遺伝子の機能が障害されたり、毒性のあるタンパク質が生成されたりすることでミトコンドリア機能障害につながることが知られています。
別の観点から、リピート配列の異常伸長によるヒトの疾患(リピート病)は全てを合わせるとこれまで50余りが報告されており、多くは神経に障害を呈することが分かっています。これらのリピート病では数百塩基から数千塩基にも及ぶ長い繰り返し配列が患者検体に見られますが、それを正確に解析するには特別な遺伝子解析装置であるロングリードシーケンサー[3]が有効であるといわれています。
今回、共同研究グループは、ロングリードシーケンサーなど複数の技術を駆使して、ミトコンドリア病の原因となる新たなリピート異常伸長の同定を目指しました。
■ 研究手法と成果
共同研究グループは、2,932人の未診断ミトコンドリア病患者の国内コホート[4]において、それぞれの患者で病気の原因となる遺伝子変化を突き止める研究を進めていました。その過程で、患者由来の皮膚線維芽細胞から抽出したRNAに対して、RNAの配列を読み取り、かつRNA量を評価する技術(RNAシーケンシング)で解析したデータについて、「OUTRIDER」という、集団の中でも際立って異常な遺伝子発現をしている個体を検出するプログラムを用いて2,932人のうちの400人について評価しました。その結果、1症例でNAD(P)HX epimerase(NAXE)と呼ばれる遺伝子の発現が著しく低下していることを発見しました。また、NAXE遺伝子の産物であるNAXEタンパク質の量も顕著に減少していました。
NAXE遺伝子は、その発現量の低下や機能喪失を引き起こす一塩基や短い挿入・欠失のバリアントが、ミトコンドリア病の一種、NAXE関連脳症につながり、その症状としては意識低下や神経的な発達の遅れ、歩行能力の低下やけいれんなどがこれまで報告されています。しかし、全ゲノムシーケンシングを本症例でも行いましたが、そのようなバリアントは検出されませんでした。
次に、長い配列を一気に読み取ることができるロングリードシーケンサーを用いてゲノム配列を解析しました。その結果、この症例の患者ではNAXE遺伝子のプロモーター領域と呼ばれる転写の開始を制御する配列の中に、GGGCCの5塩基の繰り返し単位が正常では3〜5回の繰り返しをしているところが、この症例では約200回も繰り返し、異常伸長していることが分かりました。さらに、新しく転写されて合成されたばかりのRNA(新生RNA鎖)を検出する理研が開発した技術(NET-CAGE:Native Elongating Transcript-Cap Analysis of Gene Expression)を用いて解析しました。その結果、異常伸長しているNAXE遺伝子では転写される活性が著しく低下していました。このことから、プロモーター領域に存在するリピート配列の異常伸長により、NAXE遺伝子の転写が抑制されている状態であることが推定されました。
また、ゲノムDNAのシトシン(C)がメチル化(メチル基が付加される化学的修飾)された状態となるCpGメチル化は、遺伝子の発現を抑制する方向に働きます。ロングリードシーケンサーのデータを解析したところ、異常伸長しているNAXE遺伝子のプロモーター領域やその周辺では、CpGメチル化が亢進(こうしん)した状態であることが分かりました。
以上のことから、今回、共同研究グループが発見したGGGCCのリピートの異常伸長が、NAXE遺伝子のプロモーター領域において、CpGメチル化の亢進を伴い遺伝子の発現を抑制していることが分かりました。それによりNAXE遺伝子の産物(RNAとタンパク質)が著しく減少し、NAXE遺伝子の機能が喪失した状態になることで、ミトコンドリア機能障害が生じ、NAXE関連脳症を引き起こしていると考えられます(図1)。
GGGCCを繰り返し単位とするリピート異常伸長によるヒト疾患の病態解明は本研究が初めての報告となります。
[画像2: https://prtimes.jp/i/21495/696/resize/d21495-696-291a109fb003a11a2fbd-1.jpg ]
NAXE遺伝子というミトコンドリア病に関連する遺伝子において、GGGCCの5塩基を繰り返し単位として、健常者では3〜5回程度の繰り返し配列だった。一方、ミトコンドリア病の患者では200回も病的に伸長した繰り返し配列が同定された。これにより、NAXE遺伝子の発現を制御する領域にゲノムDNAにCpGメチル化の化学的修飾が生じることで遺伝子の発現が抑制され、結果としてNAXE遺伝子の産物であるNAXEタンパク質の著明な減少が起きる。NAXEはミトコンドリア機能に重要なNAD(P)HXと呼ばれる物質の代謝に関わっている。これが障害されることで細胞機能が低下し、NAXE関連脳症を来すと考えられる。
■ 今後の期待
本研究では、依然として多くの未診断ミトコンドリア病患者がいる状況で、複数の先端的な遺伝子解析技術を組み合わせることで、ミトコンドリア病の一種の原因となる遺伝子変化を同定し、これまで診断困難であった患者を分子診断[5]することに成功しました。このことから、同様の取り組みにより、未診断症例の診断を推進できることが期待されます。
同時に、近年注目を浴びているリピート病の観点においては、本研究はリピート配列としてGGGCCがヒト疾患の原因となり得ることを初めて明らかにしました。このため、同様のGGGCCリピート配列を持つ遺伝子が潜在的にミトコンドリア病以外の遺伝性疾患につながる可能性を示唆するものです。ヒトゲノムの数割以上は繰り返し配列から成っています。このため、リピート病の研究成果はそれ以外の分野にも大きな影響のある知見を与えることが知られています。本研究も、このようなリピート病研究を加速する知見をもたらすものと考えられます。
■ 論文情報
<タイトル>
Biallelic GGGCC repeat expansion leading to NAXE-related mitochondrial encephalopathy
<著者名>
Kokoro Ozaki, Yukiko Yatsuka, Yoshinobu Oyazato, Atsushi Nishiyama, Kazuhiro R Nitta, Yoshihito Kishita, Takuya Fushimi, Masaru Shimura, Shohei Noma, Yohei Sugiyama, Michihira Tagami, Moe Fukunaga, Hiroko Kinoshita, Tomoko Hirata, Wataru Suda, Yasuhiro Murakawa, Piero Carninci, Akira Ohtake, Kei Murayama, Yasushi Okazaki
<雑誌>
npj Genomic Medicine
<DOI>
10.1038/s41525-024-00429-5
■ 補足説明
[1] ゲノム
生物が持つ遺伝情報のセットであり、生命の設計図に相当する。
[2] バリアント、構造多型
バリアントとは、生物のゲノムの塩基配列(A、T、G、Cから成る塩基の配列)が、参照配列と呼ばれる標準的な配列と異なっている箇所のこと。バリアントには、一塩基多型(例えばAがGに変化など)のほか、挿入(標準的配列の中に別の配列が挿入されていること)、欠失(標準的配列の中で一部が欠けていること)などがある。特に50塩基以上の大型の変化(挿入・欠失のほか、重複や逆位・転座など複雑な構造のものがあり得る)は構造多型と呼ばれ、同じ配列が繰り返されるリピートは、構造多型の一つである。
[3] ロングリードシーケンサー
従来のシーケンサー(遺伝子配列読み取り装置)は、最大でも数百塩基の短いDNAの配列を読み取ることしか出来ず、長いDNAをバラバラに細かくしてから短いDNAとして配列を決定し、その情報を計算機で統合することで元の長い配列を推定していた。繰り返し配列では同じ配列が続くためこのような計算機による推定が困難である。一方、ロングリードシーケンサーでは、数千塩基から時には数万塩基にも及ぶ長さの配列を連続して読み取るため、数千塩基に及ぶ繰り返し配列でも一気に読み取ることが出来る。
[4] コホート
研究の対象とする、患者または健常者などの集団のこと。
[5] 分子診断
DNAやRNA、タンパク質などの配列や量の特定により、疾患の診断を行うこと。ここでは、ゲノムDNAに存在する特定の遺伝子の変化が、当該疾患の原因であると同定すること。
■ 共同研究グループ
理化学研究所 生命医科学研究センター
応用ゲノム解析技術研究チーム
副チームリーダー(研究当時) 尾崎 心(オザキ・ココロ)
(現 客員主管研究員、現 国立精神・神経医療研究センター 神経研究所
疾病研究第五部 第一研究室長)
上級テクニカルスタッフ 野間将平(ノマ・ショウヘイ)
専門技術員 田上道平(タガミ・ミチヒラ)
パートタイマーII(研究当時) 福永もえ(フクナガ・モエ)
テクニカルスタッフI(研究当時) 木下紘子(キノシタ・ヒロコ)
技師 平田智子(ヒラタ・トモコ)
共生微生物叢研究チーム
チームリーダー 須田 亙(スダ・ワタル)
理研-IFOMがんゲノミクス連携研究チーム
チームリーダー 村川泰裕(ムラカワ・ヤスヒロ)
トランスクリプトーム研究チーム
チームリーダー カルニンチ・ピエロ(Carninci Piero)
(Human Technopole(イタリア) Head of the Genomics Research Centre)
順天堂大学大学院 難治性疾患診断・治療学/難病の診断と治療研究センター
センター長・教授 岡崎康司(オカザキ・ヤスシ)
(理研 応用ゲノム解析技術研究チーム チームリーダー)
助教 八塚由紀子(ヤツカ・ユキコ)
講師(研究当時) 新田和広(ニッタ・カズヒロ)
加古川中央市民病院
小児科 科部長(研究当時) 親里嘉展(オヤザト・ヨシノブ)
(現 えがおのはなこどもクリニック 院長)
こどもセンター センター長 西山敦史(ニシヤマ・アツシ)
近畿大学 理工学部 生命科学科
講師 木下善仁(キシタ・ヨシヒト)
千葉県こども病院 代謝科
部長(研究当時) 村山 圭(ムラヤマ・ケイ)
(現 順天堂大学大学院 難治性疾患診断・治療学 教授)
医師 伏見拓矢(フシミ・タクヤ)
医師 志村 優(シムラ・マサル)
順天堂大学医学部 小児科学講座
助手 杉山洋平(スギヤマ・ヨウヘイ)
埼玉医科大学 小児科学・ゲノム医療学
客員教授・名誉教授 大竹 明(オオタケ・アキラ)
■ 研究支援
本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)難治性疾患実用化研究事業「長鎖・短鎖シークエンシング技術の統合による構造変異の検出と非翻訳領域情報を駆使した未診断症例の解決(研究代表者:小崎健次郎)」「新規治療とガイドライン改訂を見据えた、ミトコンドリア病のエビデンス創出研究(研究代表者:村山圭)」「構造異常・スプライシング異常・メチル化異常の革新的検出系による未診断疾患患者の診断率向上とN-of-1創薬への導出(研究代表者:小崎健次郎)」、同ゲノム創薬基盤推進研究事業「RNA標的医薬創出に資する、疾患RNA分子完全長一次構造に関するデータ基盤の構築(研究開発代表者:川路英哉)」、ムーンショット型研究開発事業「ミトコンドリア先制医療(研究代表者:阿部高明)」、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業基盤研究(A)「ミトコンドリア病ゲノムコホートを対象とした多階層オミックス解析の確立(研究代表者:岡崎康司)」、同若手研究「RNAスプライシング異常に焦点を当てたミトコンドリア病遺伝子解析(研究代表者:八塚由紀子)」、厚生労働科学研究費補助金難治性疾患政策研究事業「ミトコンドリア病の診療水準やQOL向上を目指した調査研究(研究代表者:三牧正和)」による助成を受けて行われました。
順天堂大学大学院難治性疾患診断・治療学/難病の診断と治療研究センターの岡崎康司センター長・教授(理研応用ゲノム解析技術研究チームチームリーダー)、八塚由紀子助教、理化学研究所(理研)生命医科学研究センター応用ゲノム解析技術研究チームの尾崎心副チームリーダー(研究当時、現客員主管研究員)、千葉県こども病院代謝科の村山圭部長(研究当時、現順天堂大学大学院難治性疾患診断・治療学教授)、埼玉医科大学小児科学・ゲノム医療学の大竹明客員教授・名誉教授らの共同研究グループは、ミトコンドリア病を引き起こす、新たなリピート配列(GGGCCの塩基の繰り返し配列)の異常伸長を発見しました。
本研究成果は、ミトコンドリア病およびその他の遺伝性疾患の未診断症例の解明に貢献すると期待されます。
今回、共同研究グループは、複数の先端的な遺伝子解析技術を結集して、新規のリピート配列の異常伸長により、NAXE関連脳症と呼ばれるミトコンドリア病の一種を来すことを発見しました。
本研究は、科学雑誌『npj Genomic Medicine』オンライン版(10月25日付:日本時間10月25日)に掲載されました。
[画像1: https://prtimes.jp/i/21495/696/resize/d21495-696-43102517ef1a009ba8bb-0.jpg ]
■ 背景
ミトコンドリア病は厚生労働省の定める指定難病の一つであり筋肉や脳・心臓を中心に全身のあらゆる臓器に症状を起こし得る疾患群です。現在は根本的治療方法が無く、5,000人の出生に1人という、比較的頻度の高い遺伝性疾患群でもあります。その未診断率は6〜7割にも達し、現行の遺伝子解析技術をもってしても診断できない患者が多くいることが課題です。これまで425個以上の遺伝子(細胞核にあるゲノム[1]または、ミトコンドリア内にあるミトコンドリアゲノムに位置する)の異常によりミトコンドリア病を引き起こし得るとされてきました。その多くは一塩基のバリアント[2]や短い挿入・欠失をもたらすバリアント、あるいはまれに構造多型[2]と呼ばれるバリアントであることが分かっています。また、症例は少ないものの、リピート配列と呼ばれる、短い数塩基の配列の繰り返しから成る塩基配列が異常に長くなること(異常伸長)によって、そのリピート配列を保有する遺伝子の機能が障害されたり、毒性のあるタンパク質が生成されたりすることでミトコンドリア機能障害につながることが知られています。
別の観点から、リピート配列の異常伸長によるヒトの疾患(リピート病)は全てを合わせるとこれまで50余りが報告されており、多くは神経に障害を呈することが分かっています。これらのリピート病では数百塩基から数千塩基にも及ぶ長い繰り返し配列が患者検体に見られますが、それを正確に解析するには特別な遺伝子解析装置であるロングリードシーケンサー[3]が有効であるといわれています。
今回、共同研究グループは、ロングリードシーケンサーなど複数の技術を駆使して、ミトコンドリア病の原因となる新たなリピート異常伸長の同定を目指しました。
■ 研究手法と成果
共同研究グループは、2,932人の未診断ミトコンドリア病患者の国内コホート[4]において、それぞれの患者で病気の原因となる遺伝子変化を突き止める研究を進めていました。その過程で、患者由来の皮膚線維芽細胞から抽出したRNAに対して、RNAの配列を読み取り、かつRNA量を評価する技術(RNAシーケンシング)で解析したデータについて、「OUTRIDER」という、集団の中でも際立って異常な遺伝子発現をしている個体を検出するプログラムを用いて2,932人のうちの400人について評価しました。その結果、1症例でNAD(P)HX epimerase(NAXE)と呼ばれる遺伝子の発現が著しく低下していることを発見しました。また、NAXE遺伝子の産物であるNAXEタンパク質の量も顕著に減少していました。
NAXE遺伝子は、その発現量の低下や機能喪失を引き起こす一塩基や短い挿入・欠失のバリアントが、ミトコンドリア病の一種、NAXE関連脳症につながり、その症状としては意識低下や神経的な発達の遅れ、歩行能力の低下やけいれんなどがこれまで報告されています。しかし、全ゲノムシーケンシングを本症例でも行いましたが、そのようなバリアントは検出されませんでした。
次に、長い配列を一気に読み取ることができるロングリードシーケンサーを用いてゲノム配列を解析しました。その結果、この症例の患者ではNAXE遺伝子のプロモーター領域と呼ばれる転写の開始を制御する配列の中に、GGGCCの5塩基の繰り返し単位が正常では3〜5回の繰り返しをしているところが、この症例では約200回も繰り返し、異常伸長していることが分かりました。さらに、新しく転写されて合成されたばかりのRNA(新生RNA鎖)を検出する理研が開発した技術(NET-CAGE:Native Elongating Transcript-Cap Analysis of Gene Expression)を用いて解析しました。その結果、異常伸長しているNAXE遺伝子では転写される活性が著しく低下していました。このことから、プロモーター領域に存在するリピート配列の異常伸長により、NAXE遺伝子の転写が抑制されている状態であることが推定されました。
また、ゲノムDNAのシトシン(C)がメチル化(メチル基が付加される化学的修飾)された状態となるCpGメチル化は、遺伝子の発現を抑制する方向に働きます。ロングリードシーケンサーのデータを解析したところ、異常伸長しているNAXE遺伝子のプロモーター領域やその周辺では、CpGメチル化が亢進(こうしん)した状態であることが分かりました。
以上のことから、今回、共同研究グループが発見したGGGCCのリピートの異常伸長が、NAXE遺伝子のプロモーター領域において、CpGメチル化の亢進を伴い遺伝子の発現を抑制していることが分かりました。それによりNAXE遺伝子の産物(RNAとタンパク質)が著しく減少し、NAXE遺伝子の機能が喪失した状態になることで、ミトコンドリア機能障害が生じ、NAXE関連脳症を引き起こしていると考えられます(図1)。
GGGCCを繰り返し単位とするリピート異常伸長によるヒト疾患の病態解明は本研究が初めての報告となります。
[画像2: https://prtimes.jp/i/21495/696/resize/d21495-696-291a109fb003a11a2fbd-1.jpg ]
NAXE遺伝子というミトコンドリア病に関連する遺伝子において、GGGCCの5塩基を繰り返し単位として、健常者では3〜5回程度の繰り返し配列だった。一方、ミトコンドリア病の患者では200回も病的に伸長した繰り返し配列が同定された。これにより、NAXE遺伝子の発現を制御する領域にゲノムDNAにCpGメチル化の化学的修飾が生じることで遺伝子の発現が抑制され、結果としてNAXE遺伝子の産物であるNAXEタンパク質の著明な減少が起きる。NAXEはミトコンドリア機能に重要なNAD(P)HXと呼ばれる物質の代謝に関わっている。これが障害されることで細胞機能が低下し、NAXE関連脳症を来すと考えられる。
■ 今後の期待
本研究では、依然として多くの未診断ミトコンドリア病患者がいる状況で、複数の先端的な遺伝子解析技術を組み合わせることで、ミトコンドリア病の一種の原因となる遺伝子変化を同定し、これまで診断困難であった患者を分子診断[5]することに成功しました。このことから、同様の取り組みにより、未診断症例の診断を推進できることが期待されます。
同時に、近年注目を浴びているリピート病の観点においては、本研究はリピート配列としてGGGCCがヒト疾患の原因となり得ることを初めて明らかにしました。このため、同様のGGGCCリピート配列を持つ遺伝子が潜在的にミトコンドリア病以外の遺伝性疾患につながる可能性を示唆するものです。ヒトゲノムの数割以上は繰り返し配列から成っています。このため、リピート病の研究成果はそれ以外の分野にも大きな影響のある知見を与えることが知られています。本研究も、このようなリピート病研究を加速する知見をもたらすものと考えられます。
■ 論文情報
<タイトル>
Biallelic GGGCC repeat expansion leading to NAXE-related mitochondrial encephalopathy
<著者名>
Kokoro Ozaki, Yukiko Yatsuka, Yoshinobu Oyazato, Atsushi Nishiyama, Kazuhiro R Nitta, Yoshihito Kishita, Takuya Fushimi, Masaru Shimura, Shohei Noma, Yohei Sugiyama, Michihira Tagami, Moe Fukunaga, Hiroko Kinoshita, Tomoko Hirata, Wataru Suda, Yasuhiro Murakawa, Piero Carninci, Akira Ohtake, Kei Murayama, Yasushi Okazaki
<雑誌>
npj Genomic Medicine
<DOI>
10.1038/s41525-024-00429-5
■ 補足説明
[1] ゲノム
生物が持つ遺伝情報のセットであり、生命の設計図に相当する。
[2] バリアント、構造多型
バリアントとは、生物のゲノムの塩基配列(A、T、G、Cから成る塩基の配列)が、参照配列と呼ばれる標準的な配列と異なっている箇所のこと。バリアントには、一塩基多型(例えばAがGに変化など)のほか、挿入(標準的配列の中に別の配列が挿入されていること)、欠失(標準的配列の中で一部が欠けていること)などがある。特に50塩基以上の大型の変化(挿入・欠失のほか、重複や逆位・転座など複雑な構造のものがあり得る)は構造多型と呼ばれ、同じ配列が繰り返されるリピートは、構造多型の一つである。
[3] ロングリードシーケンサー
従来のシーケンサー(遺伝子配列読み取り装置)は、最大でも数百塩基の短いDNAの配列を読み取ることしか出来ず、長いDNAをバラバラに細かくしてから短いDNAとして配列を決定し、その情報を計算機で統合することで元の長い配列を推定していた。繰り返し配列では同じ配列が続くためこのような計算機による推定が困難である。一方、ロングリードシーケンサーでは、数千塩基から時には数万塩基にも及ぶ長さの配列を連続して読み取るため、数千塩基に及ぶ繰り返し配列でも一気に読み取ることが出来る。
[4] コホート
研究の対象とする、患者または健常者などの集団のこと。
[5] 分子診断
DNAやRNA、タンパク質などの配列や量の特定により、疾患の診断を行うこと。ここでは、ゲノムDNAに存在する特定の遺伝子の変化が、当該疾患の原因であると同定すること。
■ 共同研究グループ
理化学研究所 生命医科学研究センター
応用ゲノム解析技術研究チーム
副チームリーダー(研究当時) 尾崎 心(オザキ・ココロ)
(現 客員主管研究員、現 国立精神・神経医療研究センター 神経研究所
疾病研究第五部 第一研究室長)
上級テクニカルスタッフ 野間将平(ノマ・ショウヘイ)
専門技術員 田上道平(タガミ・ミチヒラ)
パートタイマーII(研究当時) 福永もえ(フクナガ・モエ)
テクニカルスタッフI(研究当時) 木下紘子(キノシタ・ヒロコ)
技師 平田智子(ヒラタ・トモコ)
共生微生物叢研究チーム
チームリーダー 須田 亙(スダ・ワタル)
理研-IFOMがんゲノミクス連携研究チーム
チームリーダー 村川泰裕(ムラカワ・ヤスヒロ)
トランスクリプトーム研究チーム
チームリーダー カルニンチ・ピエロ(Carninci Piero)
(Human Technopole(イタリア) Head of the Genomics Research Centre)
順天堂大学大学院 難治性疾患診断・治療学/難病の診断と治療研究センター
センター長・教授 岡崎康司(オカザキ・ヤスシ)
(理研 応用ゲノム解析技術研究チーム チームリーダー)
助教 八塚由紀子(ヤツカ・ユキコ)
講師(研究当時) 新田和広(ニッタ・カズヒロ)
加古川中央市民病院
小児科 科部長(研究当時) 親里嘉展(オヤザト・ヨシノブ)
(現 えがおのはなこどもクリニック 院長)
こどもセンター センター長 西山敦史(ニシヤマ・アツシ)
近畿大学 理工学部 生命科学科
講師 木下善仁(キシタ・ヨシヒト)
千葉県こども病院 代謝科
部長(研究当時) 村山 圭(ムラヤマ・ケイ)
(現 順天堂大学大学院 難治性疾患診断・治療学 教授)
医師 伏見拓矢(フシミ・タクヤ)
医師 志村 優(シムラ・マサル)
順天堂大学医学部 小児科学講座
助手 杉山洋平(スギヤマ・ヨウヘイ)
埼玉医科大学 小児科学・ゲノム医療学
客員教授・名誉教授 大竹 明(オオタケ・アキラ)
■ 研究支援
本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)難治性疾患実用化研究事業「長鎖・短鎖シークエンシング技術の統合による構造変異の検出と非翻訳領域情報を駆使した未診断症例の解決(研究代表者:小崎健次郎)」「新規治療とガイドライン改訂を見据えた、ミトコンドリア病のエビデンス創出研究(研究代表者:村山圭)」「構造異常・スプライシング異常・メチル化異常の革新的検出系による未診断疾患患者の診断率向上とN-of-1創薬への導出(研究代表者:小崎健次郎)」、同ゲノム創薬基盤推進研究事業「RNA標的医薬創出に資する、疾患RNA分子完全長一次構造に関するデータ基盤の構築(研究開発代表者:川路英哉)」、ムーンショット型研究開発事業「ミトコンドリア先制医療(研究代表者:阿部高明)」、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業基盤研究(A)「ミトコンドリア病ゲノムコホートを対象とした多階層オミックス解析の確立(研究代表者:岡崎康司)」、同若手研究「RNAスプライシング異常に焦点を当てたミトコンドリア病遺伝子解析(研究代表者:八塚由紀子)」、厚生労働科学研究費補助金難治性疾患政策研究事業「ミトコンドリア病の診療水準やQOL向上を目指した調査研究(研究代表者:三牧正和)」による助成を受けて行われました。