泡沫の雪崩的緩和現象の解明 〜泡沫の弾性安定の起源に迫る〜
[23/03/31]
提供元:共同通信PRワイヤー
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1. 概要
生クリームやカプチーノなどの食品から、ハンドソープや洗顔フォーム、食器洗い用洗剤の泡などの日用品、さらには消火用の泡まで、我々は様々な場面で泡沫(フォーム)を利用しています。泡沫は液体と気体で構成されているにも関わらず、長時間、形を保つことができます。外から力を加えたとき、形が変形した後に元に戻る場合やそのまま変形していくこともあります。これらの現象の起こりやすさについて、これまであまり理解されていませんでした。
東京都立大学大学院理学研究科物理学専攻の柳沢直也特任研究員(現:東京大学大学院総合文化研究科特任研究員)、栗田玲教授らの研究グループは、泡沫に微小な変化を加えたときに生じる液体分率による気泡の動きの差やそのイベント間の連動性について詳しく調べました。その結果、液体分率が5%程度で大きく気泡の動きが変化すること、また、雪崩的な運動は起きないことを発見しました。これは、泡沫の塊が弾性的(注1)な振る舞いを示す起源と関係しており、その安定性の理解につながったといえます。
■本研究成果は、3月27日付けでNature Publishing Groupが発行する英文誌Scientific Reportsに発表されました。本研究の一部は、学術振興会科学研究費補助金(特別研究員奨励費No.20J11840および基盤B No.20H01874)の支援を受けて行われました。
2. ポイント
・泡沫の形状安定性を理解することは重要な課題でした。
・液体分率によって、泡沫内部の構造緩和(注2)が大きく変化することを発見しました。
・別の場所で起こる構造緩和間には連動性がない、つまり、雪崩的な運動は起きていないことを発見しました。
・泡沫の弾性的な安定性の理解につながる結果が得られました。
3. 研究の背景
泡沫とは、液体中に多数の気泡が高密度に詰まった状態であり、泡沫中の気泡同士は潰しあいながら液膜によって仕切られています。満員電車で人が動くときのように、気泡が動く時に周囲の気泡も動く必要があるため、弱い力では気泡は動くことができません。そのため、泡沫は重力下においても形状を保つことができます。外から泡沫に力を加え形状を変化させた後、外力を取り除いたとき、元に戻る場合(弾性変形)と戻らない場合(塑性変形)があります。これらの現象の起こりやすさについて、特に液体分率(注3)依存性については、まだよくわかっていませんでした。そこで、泡沫に微小変形を与え、そのときの内部構造の変化(緩和)の液体分率依存性を調べました。さらに、緩和イベント間の連動性についても観察し、雪崩的に構造が変化しているのかを調べました。
4. 研究の詳細
本研究グループは、図1のように泡沫を中心に孔のあいたアクリル板で挟み、孔から少量の液体を注入する実験を行いました。少量の液体によって液体分率が変化し、それに伴い、気泡の運動が引き起こされます。この少量の液体分率の変化は、外から力を加えた場合と状況は異なりますが、類似の変化とみなすことができます。気泡の運動の観察結果に対して、研究グループが作成した画像解析ソフトウェアを用いて、気泡の変位、気泡の形状変化、近接気泡の変化などの内部構造変化を詳細に調べました。その結果、液体分率が低い時は、気泡の組み替えが順々に行われていく逐次的再配置が起こることがわかりました。1回1回の再配置は短時間で終わり、その再配置が隣に伝播していきます。一方、液体分率が高い時は、逐次的ではなく連続的再配置が起こります。このように、多数の気泡が同時に変位していき、再配置が起こることがわかりました(図2)。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202303294381-O1-q1q59ej0】
図1 泡沫をアクリル板で挟み、中心に液体を少量加える。液体分率が変化に伴う内部構造の変化を上から観察し、変位などを画像解析から求める。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202303294381-O3-7TY2qW9Z】
図2 気泡の変位速度の時間変化。再配置が起こると大きな変位速度を持つ。液体分率は(a) 0.019、(b) 0.034、 (c) 0.042、 (d) 0.047、 (e) 0.056、(f) 0.066。 dryでは逐次的再配置が、wetでは連続的再配置が起きている。
液体分率が低く気泡が多面体になっている泡沫をdry泡沫、一方、液体分率が高く気泡が球状の泡沫をwet泡沫と呼びます。これまでの研究によって、dry泡沫では気泡の移動はかなり制限されており、wet泡沫ではその制限が弱くなることがわかっています。おおよそ液体分率5%程度でdry-wet転移が起こります。今回調べた逐次的再配置と連続的再配置の境界は、dry-wet転移と一致することがわかりました。また、長さスケールや時間スケールを調べてみると、この境界において連続であり、転移的な様子は見られませんでした。つまり、内部のミクロな運動モードが変化したために、再配置の様子が変化したことになります。このことは、再配置の仕方は違うものの、弾性安定性についての起源は同じであることを意味しています。
この再配置は泡沫内部のいろいろなところで起きます。そこで、その再配置イベント間の連動性について調べました。もし、連動性があった場合、一つの再配置イベントが他の場所のイベントを引き起こし、それが次のイベントを引き起こすという雪崩的な崩れ方をします。図3はある時間内に泡沫内部で起きた再配置イベントの確率分布を示しています。この確率分布はポアソン分布(注4)に従うことがわかりました。ポアソン分布はレアイベントが偶然的に起こる時に現れる分布であるため、この再配置イベントは偶然的に起きている現象であり、連動性はないことを意味しています。
以上のことから、泡沫の内部構造の変化については異なるものの、緩和の起源は同じであり、連動性もないため、泡沫の弾性安定性はどれだけ内部に気泡がつまっているかによって決まっていることがわかりました。これらによって泡沫の弾性安定の起源に迫る理解が深まりました。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202303294381-O2-r6uC18mA】
図3 泡沫内部である時間内におこる再配置イベントの確率分布。青が実験値、赤がポアソン分布によるフィッテング曲線。ポアソン分布に従うことがわかりました。
【用語解説】
(注1) 弾性的:バネのように変形した後に力を解放した時に、元の状態に戻ること。
(注2) 構造緩和:内部の構造が別の配置に変わっていく現象のこと。
(注3) 液体分率:全体積中に対する液体の体積の割合。
(注4) ポアソン分布:ある事象が一定の時間内に発生する回数を表す離散確率分布のこと。事象の起きる確率は、それ以前に起こった事象の回数や起こり方には無関係という性質を持つ。
【論文情報】
<タイトル>
“Cross over to collective rearrangements near the dry-wet transition in two-dimensional foams”
<著者名>
Naoya Yanagisawa and Rei Kurita
<雑誌名>
Scientific Reports 13, 4939 (2023)
<DOI>
10.1038/s41598-023-31577-w
生クリームやカプチーノなどの食品から、ハンドソープや洗顔フォーム、食器洗い用洗剤の泡などの日用品、さらには消火用の泡まで、我々は様々な場面で泡沫(フォーム)を利用しています。泡沫は液体と気体で構成されているにも関わらず、長時間、形を保つことができます。外から力を加えたとき、形が変形した後に元に戻る場合やそのまま変形していくこともあります。これらの現象の起こりやすさについて、これまであまり理解されていませんでした。
東京都立大学大学院理学研究科物理学専攻の柳沢直也特任研究員(現:東京大学大学院総合文化研究科特任研究員)、栗田玲教授らの研究グループは、泡沫に微小な変化を加えたときに生じる液体分率による気泡の動きの差やそのイベント間の連動性について詳しく調べました。その結果、液体分率が5%程度で大きく気泡の動きが変化すること、また、雪崩的な運動は起きないことを発見しました。これは、泡沫の塊が弾性的(注1)な振る舞いを示す起源と関係しており、その安定性の理解につながったといえます。
■本研究成果は、3月27日付けでNature Publishing Groupが発行する英文誌Scientific Reportsに発表されました。本研究の一部は、学術振興会科学研究費補助金(特別研究員奨励費No.20J11840および基盤B No.20H01874)の支援を受けて行われました。
2. ポイント
・泡沫の形状安定性を理解することは重要な課題でした。
・液体分率によって、泡沫内部の構造緩和(注2)が大きく変化することを発見しました。
・別の場所で起こる構造緩和間には連動性がない、つまり、雪崩的な運動は起きていないことを発見しました。
・泡沫の弾性的な安定性の理解につながる結果が得られました。
3. 研究の背景
泡沫とは、液体中に多数の気泡が高密度に詰まった状態であり、泡沫中の気泡同士は潰しあいながら液膜によって仕切られています。満員電車で人が動くときのように、気泡が動く時に周囲の気泡も動く必要があるため、弱い力では気泡は動くことができません。そのため、泡沫は重力下においても形状を保つことができます。外から泡沫に力を加え形状を変化させた後、外力を取り除いたとき、元に戻る場合(弾性変形)と戻らない場合(塑性変形)があります。これらの現象の起こりやすさについて、特に液体分率(注3)依存性については、まだよくわかっていませんでした。そこで、泡沫に微小変形を与え、そのときの内部構造の変化(緩和)の液体分率依存性を調べました。さらに、緩和イベント間の連動性についても観察し、雪崩的に構造が変化しているのかを調べました。
4. 研究の詳細
本研究グループは、図1のように泡沫を中心に孔のあいたアクリル板で挟み、孔から少量の液体を注入する実験を行いました。少量の液体によって液体分率が変化し、それに伴い、気泡の運動が引き起こされます。この少量の液体分率の変化は、外から力を加えた場合と状況は異なりますが、類似の変化とみなすことができます。気泡の運動の観察結果に対して、研究グループが作成した画像解析ソフトウェアを用いて、気泡の変位、気泡の形状変化、近接気泡の変化などの内部構造変化を詳細に調べました。その結果、液体分率が低い時は、気泡の組み替えが順々に行われていく逐次的再配置が起こることがわかりました。1回1回の再配置は短時間で終わり、その再配置が隣に伝播していきます。一方、液体分率が高い時は、逐次的ではなく連続的再配置が起こります。このように、多数の気泡が同時に変位していき、再配置が起こることがわかりました(図2)。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202303294381-O1-q1q59ej0】
図1 泡沫をアクリル板で挟み、中心に液体を少量加える。液体分率が変化に伴う内部構造の変化を上から観察し、変位などを画像解析から求める。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202303294381-O3-7TY2qW9Z】
図2 気泡の変位速度の時間変化。再配置が起こると大きな変位速度を持つ。液体分率は(a) 0.019、(b) 0.034、 (c) 0.042、 (d) 0.047、 (e) 0.056、(f) 0.066。 dryでは逐次的再配置が、wetでは連続的再配置が起きている。
液体分率が低く気泡が多面体になっている泡沫をdry泡沫、一方、液体分率が高く気泡が球状の泡沫をwet泡沫と呼びます。これまでの研究によって、dry泡沫では気泡の移動はかなり制限されており、wet泡沫ではその制限が弱くなることがわかっています。おおよそ液体分率5%程度でdry-wet転移が起こります。今回調べた逐次的再配置と連続的再配置の境界は、dry-wet転移と一致することがわかりました。また、長さスケールや時間スケールを調べてみると、この境界において連続であり、転移的な様子は見られませんでした。つまり、内部のミクロな運動モードが変化したために、再配置の様子が変化したことになります。このことは、再配置の仕方は違うものの、弾性安定性についての起源は同じであることを意味しています。
この再配置は泡沫内部のいろいろなところで起きます。そこで、その再配置イベント間の連動性について調べました。もし、連動性があった場合、一つの再配置イベントが他の場所のイベントを引き起こし、それが次のイベントを引き起こすという雪崩的な崩れ方をします。図3はある時間内に泡沫内部で起きた再配置イベントの確率分布を示しています。この確率分布はポアソン分布(注4)に従うことがわかりました。ポアソン分布はレアイベントが偶然的に起こる時に現れる分布であるため、この再配置イベントは偶然的に起きている現象であり、連動性はないことを意味しています。
以上のことから、泡沫の内部構造の変化については異なるものの、緩和の起源は同じであり、連動性もないため、泡沫の弾性安定性はどれだけ内部に気泡がつまっているかによって決まっていることがわかりました。これらによって泡沫の弾性安定の起源に迫る理解が深まりました。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202303294381-O2-r6uC18mA】
図3 泡沫内部である時間内におこる再配置イベントの確率分布。青が実験値、赤がポアソン分布によるフィッテング曲線。ポアソン分布に従うことがわかりました。
【用語解説】
(注1) 弾性的:バネのように変形した後に力を解放した時に、元の状態に戻ること。
(注2) 構造緩和:内部の構造が別の配置に変わっていく現象のこと。
(注3) 液体分率:全体積中に対する液体の体積の割合。
(注4) ポアソン分布:ある事象が一定の時間内に発生する回数を表す離散確率分布のこと。事象の起きる確率は、それ以前に起こった事象の回数や起こり方には無関係という性質を持つ。
【論文情報】
<タイトル>
“Cross over to collective rearrangements near the dry-wet transition in two-dimensional foams”
<著者名>
Naoya Yanagisawa and Rei Kurita
<雑誌名>
Scientific Reports 13, 4939 (2023)
<DOI>
10.1038/s41598-023-31577-w